過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

不殺生と慈悲の瞑想】2025.7.20

【不殺生と慈悲の瞑想】2025.7.20

10時半、室温17℃。窓を開け放って仕事をしている。暑くなったら、マコモを入れた水風呂で沐浴。

外から聞こえるのはキリギリスの鳴き声。ウグイスもすこし鳴いている。カラスも空を飛びながらカーカーと鳴いている。こんなに暑いのに、セミはまだ鳴いていない。夕方になれば、ヒグラシがカナカナカナと鳴く。

 ▽

この数年来、不殺生を心がけ、慈悲の瞑想(メッタ・スッタ)を実践してきた。そのことで、生き物に対する接し方が変わってきている。

「殺さない」「盗まない」「嘘をつかない」を実践している。

これは特に信仰や神仏との契約というわけではない。

「こういうことをしたらどうなるか?」という自己観察として実践しているものだ。

 ▽

汲み取り式の室内トイレに入ったら、突然、大きなアシダカグモが便器の中から現れた。そのグロテスクな形と色彩、俊敏な動きは、なかなか不気味だ。娘のあかりなら、間違いなく叫び声を上げただろう。

以前なら恐怖や嫌悪、憎悪の念を抱いたりしただろうが、今回は観察と共感が瞬時に生まれたのがわかった。

アシダカグモは、確かに不気味だ。しかし、ゴキブリハンターとして頼りになる存在だ。心の中で「がんばってくれ」とエールを送った。

また、先日は台所にシマヘビが現れた。これは苦手で気味が悪いものだが、おそらく台所にいたネズミを察知してやってきたのだろう。こちらにも、心の中で「がんばってくれ」とエールを送った。シマヘビくんは、今も台所を居場所にしているのかもしれない。そうであっても、ほとんど問題にはならなくなった。

 ▽

不殺生で特に難しいのは「蚊」と「ハエ」だ。

これには、網戸を設置したり、蚊取り線香を使ったり、台所を清潔に保ったりするしかない。昔はハエ叩きでバシバシ叩いていたのだが。今は麻でできた蚊帳でも吊るそうかと考えている。庭でヨモギを燃やして燻すか。

コバエも困りものだ。台所には、自家製のコバエホイホイを置いている。酒とみりんと酢と砂糖をペットボトルに入れると、コバエや小さな蛾が入って死んでしまう。勝手に落ちて死ぬわけだが、意図としては殺生にある。不殺生の実践には反する気がする。

 ▽

そんなわけで、不殺生、慈悲の瞑想(メッタ・スッタ)、そして不妄語の3つを暮らしの中で実践しようとしているのだが、この広大な山里は虫やさまざまな生き物で溢れている。都会と違って、不殺生の実践はなかなかに難しいなあと感じながら生きているわけだ。