【人生は演劇そのものもの】2025.7.15
昨日は豪雨の中、車で静岡まで往復した。整体の治療を受けるためだ。
ついでに県立美術館でバルビゾン派の絵画展を見たが、年代を経た作品は暗く重たい印象だった。それに、額縁の重々しさといったら! むしろ、広重や北斎の浮世絵はスカッとしていて心が安らぐ。日本の浮世絵が世界的に評価される理由を実感した。
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車中では、あかり(娘・9歳)との対話が弾んだ。
「こないだの『あっけらかん学園』、面白かったね!」
「うん、楽しかった! 毎週行きたいよ!」
「特に、こた君がカヤックに乗ってパドルを流してしまって戻れないシーン。『誰か助けてー! 助けてー!』って叫んでも誰も来ない。こた君、大パニックで『僕がどうなってもいいの? うわー!』って泣き叫んでたよね」
「面白かったね! みんな、こた君が泣き叫んでも『まあ、なんとかなるでしょ』って思ってたからね」
「そこにじろう君が助けに行ったんだよな。カヤックの紐を引っ張ってきて、こた君を無事に助けた。救出したじろう君は『やったあ!』って達成感、こた君は『助かった!』って安心感。そのあたりが最高だったね」
「うん、あれは面白かった! またやりたいって、じろう君も言ってたね」
「そのシーンって、まさに即興演劇というか、リアルそのものだよね。そこが面白いんだ」
舞台装置も小道具も照明も音響も、何もいらない。脚本も監督もいない。
ただ、役を生きる人がいて、川の音が聞こえて、自分がその場にいる。現実がそのまま起こってくる。それがめっちゃ面白いんだ。
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そんな話をしていた。 あかりは地元の山里の劇団「限界集落」のメンバーに加わり、稽古にも参加している。この前は「城山小僧」という演目で、ちゃんと舞台に立っていた。
だから、こういう話も少しわかるみたいだ。 演劇って、舞台の上で現実を表現するものだけど、考えてみれば、今この現実そのものが演劇の舞台なんだ。現実が演劇で、演劇が現実。
今起きていること、リアルなことが、まさに演劇そのものなんだ。 観客もいない、脚本もない、監督もいない。
大自然を舞台に、それぞれが持ち味を発揮して、100%自分を生きている。それがいいよね。
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自分が脚本を書いて、演出して、俳優になって、観客にもなっているようなもの。しかも即興で次々と起こる。配役も次々変わるし、自分自身も変わっていく。瞬間瞬間なんだ。 現実そのものが、演劇の舞台だ。現実で起こる一つひとつの出来事が、リアルな舞台そのもの。
人生って、何が起きるかわからない。脚本なんてない。瞬間瞬間に自分で脚本を書いて、演じて、何が起きるかわからない状況にどう対応するかは自分次第だ。
まさに、シェイクスピアの「世界は舞台、すべての人間は役者だ(All the world’s a stage, And all the men and women merely players)」ってところだね。
そんな話も、あかりとできるようになってきた。9歳なのに、なかなかいい話し相手になってきたよ。