【「今これ」「今これ」と見えてくる】2025.7.16
線維化した肺の機能は、器質的にはもう元には戻らない。今、肺活量はたぶん40〜50%くらいだろう。11月には60%になっていた。
「少し動いたら休み、少し動いたら休み」という暮らしだ。仕事していても、疲れたらごろんとベッドに横になる。
「いちりん楽座」も続けるが、私はたぶん寝っ転がっての会話になるだろう。
二階の仕事部屋も、階段の上り下りのとき、もし倒れたら脳挫傷でアウトなので、一階に移動することにしよう。寝室も一階に。二階はお客さんの寝室とクローゼットにしよう。一階は二階より温度が2℃低い。その分楽だが、湿気が強いのが難点だ。また、冬は寒くなるので、そのあたりは薪ストーブで乗り切るしかない。
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物事は流れる。起きたことは起きたこと。
起きたことはすべて瞬間的なものだ。すべて自分で管理できることは、今ここで管理するしかない。階段はゆっくり上がる。息切れしたら少し止まる。
これはヴィパッサナーを深める機会でもある。
一つずつ、丁寧に自己観察していくと、「今これ」「今これ」と見えてくる。やることは今この瞬間にある。確実に、リアルにここにある。
「こうなっている」と受け止めるだけ。瞬間、瞬間に変わる流れをそのまま受け止める。流れはまさに流れている。「あ、そうなっているんだ。そうくるんだ」と観察するしかない。