
「おとうちゃん、最近4コマ漫画を描いてないじゃん」
そうあかり(娘、9歳)に言われて、「うーん、そうだなあ。サボってるよ、確かに。明日からまた頑張る。毎日やるぞぉ」と約束した。
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昔、マルクス主義を少し学んだときに、今も心に残っている言葉がある。
「量的拡大が、質的な変容をもたらす」
マルクスの思想には、「量的な変化が一定の限界を超えると質的な変容を及ぼす」という考えがある。これは弁証法的唯物論の核心的な枠組みだ(エンゲルス『自然の弁証法』や『反デューリング論』)。
まあ、そんな難しい議論はさておき、要するにたくさん描けば上手くなるってことだ。いきなり上達はしないけど、まずは量を重ねる。そうすれば、ある時点で臨界点が訪れ、質的に上達する。
というわけで、今日はブッダの遺言をテーマに4コマ漫画を描く。こちらはChatGPTに描いてもらった。
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ブッダの遺言として一般的に知られているのは、『大般涅槃経』(Mahāparinibbāna Sutta)に記された最後の言葉だ。ブッダがクシナガラで入滅する直前に弟子たちに与えた最終の教えとされる(パーリ仏典、ディーガ・ニカーヤ16)。
パーリ語では次のようになる。
"Handa dāni, bhikkhave, āmantayāmi vo: vayadhammā saṅkhārā, appamādena sampādetha."
「比丘たちよ、今、私はあなた方に告げる。すべての形成されたものは滅する性質を持つ。怠ることなく精進せよ。」
語彙解釈
Handa dāni: 「さあ、今」
bhikkhave: 「比丘たちよ」
āmantayāmi vo: 「私はあなた方に告げる」
vayadhammā saṅkhārā: 「すべての形成されたもの(条件づけられたもの)は滅する性質を持つ」
appamādena sampādetha: 「怠ることなく(完全な覚醒に向けて)成就せよ」
appamādena sampādethaについてパーリ語のフレーズ「appamādena sampādetha」は、『大般涅槃経』に登場するブッダの最後の言葉の一部で、深い意味を持つ教えだ。
語彙分解
appamādena:a-: 否定の接頭辞(「不」「無」)。
pamāda: 「怠慢」「不注意」「無関心」。
よって、appamādaは「不怠慢」「注意深さ」「勤勉さ」「正念」を指す。
-ena: 道具格の語尾で、「~によって」「~をもって」。
全体で「注意深さによって」「勤勉さによって」。
sampādetha:sam-: 「完全に」「よく」を強調する接頭辞。
pādetha: 動詞 pad(「到達する」「達成する」)の二人称複数命令形。
全体で「完全な達成をせよ」「完成せよ」「成就せよ」。
文脈では、精神的な修行や悟り(涅槃)の達成を指す。
意味
「appamādena sampādetha」は直訳すると、「注意深さ(勤勉さ)によって(悟りを)完全に成就せよ」となる。「怠らずに正念を保ち、修行を通じて究極の目標(涅槃)を達成せよ」というブッダの教えの核心だ。
ブッダは、すべての条件づけられたもの(saṅkhārā)が無常であることを強調し、だからこそ怠慢に陥らず、覚醒への道を歩むべきだと説く。
appamāda(不怠慢)は、パーリ仏典全体で重要な概念だ。
ブッダの示した道の中の八正道。「正念」とは、いまここにちゃんと気づいていること。まさにヴィパッサナーである。
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瞬間瞬間、ものごとは変化している。自分自身も変化している。今の自分がA1だとしたら、次の瞬間にはA2、そしてA3となる。連続しているようタデが、すべてがこれ、違う存在かも。
瞬間ごとに、自分自身が死に、再生している。
自分も、自然も、すべてが生死を繰り返している。
「而今(にこん)の山水、古仏の道 現成(げんじょう)なり」(『正法眼蔵』「山水経」道元)。
今この瞬間(而今)の山や水(そして自分自身)は、仏の道がそのまま現れている。瞬間瞬間なのだ。
※日常的な親子の会話から始まり、マルクスの弁証法的唯物論、ブッダの遺言、道元の禅の思想までを織り交ぜた、軽妙かつ哲学的なエッセイにしてみた。テーマが多岐にわたりながらも、4コマ漫画に集約して「量と質の転化」や「無常」の概念を結びつけてみた。