【チベット仏教との出会い】2025.7.7
「お前の年回りは〝the snake〟(巳年)か?」通訳の西洋人が、私にそう尋ねた。
「私は見た目は若く見えるけど、今38歳でそんなに若くはないんだ。」そう答えたときのことだ。
彼は西洋人(おそらくドイツ人)なのに、私の年齢を聞いて干支を言い当てるなんて驚くべきことに思えた。だが、もしかすると彼は私と同い年で、誰か日本人から「日本では干支というのがあって、あなたは巳年(the snake)だ」と聞いていたのかもしれない。
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これは、インドのブッダガヤでの出来事だ。カルマテンプルというチベットのお寺でのことだった。話していた相手は、チベット仏教のカーギュ派の総帥、カール・リンポチェの通訳の男性だった。
カール・リンポチェは、西洋においてチベット仏教の高僧として有名だった。ダライ・ラマの養育係を務めたこともある人物だ。
ブッダガヤのレストランで、チベット仏教の僧衣を着た西洋人と出会った。彼はデンマーク人で、カール・リンポチェの弟子だった。
「なぜ出家したのか?」と尋ねると、「リンポチェと出会ったとき、質問しようとしたら答えが自然と自分の中から湧いてきたことに驚いたのがきっかけだった」と答えた。
そんな僧侶がいるのかと興味をそそられ、聞けば彼は今ブッダガヤのテンプルに滞在中で、申し込めば会えるという。
それで、私は出かけた。たくさんの西洋人が門の前に並んでおり、私は最後尾に並んだ。面談を申し込んだとき、リンポチェはかなり老衰しており、ベッドの上に座っての問答だった。
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リンポチェは言った。
「心の自由が欲しかったら、今すぐここで出家しろ。お前には見込みがある。チベット大蔵経を訳してもらいたい。さあ、どうだ。このままサラリーマンを続けていると、水牛が鼻に輪っかをはめられて行きたいところにも行けなくなるぞ。」
そんなことをいきなり言われたのだ。そのとき、私は「見た目は若く見えるけど、今38歳でそんなに若くはないんだ」と、つまらない返事をしてしまった。
結局、こうしてチベット仏教との縁をつかめなかった。カール・リンポチェは二か月後に亡くなった。
そして三年後、マザー・テレサに会いたいという人を連れてインドを旅したとき、ダージリンの先にあるシリグリという村で、カール・リンポチェの転生仏に出会ったのだった。