【不治の病を得ても悪いことばかりでもない】2025.6.19
病気になる。動けない。不自由。苦しい。人の助けを借りなければならない。いつ死ぬのかわからない。そんな状況にいる。
私の場合は、指定難病の「特発性間質性肺炎」だ。昨年の秋からの症状。美空ひばりや八代亜紀など亡くなった病だ。線維化が進んだ灰だと、「平均して3年」というのが医学的な諸見だ。もちろん平均なので、半年の人もあれば10年の人もある。線維化の程度にもよる。
肺胞と肺胞の間の間質が線維化(固くなって)して、酸素を取り込み難く、呼吸困難になって死んでいくってことになる。その苦しさは、ガムテープを口と鼻に貼り付けてみれば、わかる。
医者は「治ることはない」という。クスリの処方も「進行を止めるだけ」だという。なのに、病院で毎月、レントゲンやCTスキャンを受けることになる。相手へのデータの提供にはなるが、被曝したくないのでやめている。
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そうした不治の病を得ても悪いことばかりでもない。まあ、いいこともある。まとめてみた。
①「一日一日を大切に生きざるを得ない」。なにしろいつ死ぬのかわからない。次第に衰弱してい、枯れていく身体をリアルに体験するわけだ。一日一日を大切に生きざるを得ない。なので、毎日が新鮮ともいえる。
②「ブッダの瞑想法、ヴィパッサナーと慈悲の瞑想の機会」
ブッダの瞑想法、ヴィパッサナーと慈悲の瞑想を強制的することになる。これはなかなかの機会だよ。「呼吸に意識を向けること」「階段を上がる一歩一歩、慎重に意識して移動する」「すべてを意識的に、気づいて動く」。
③「意識が深くフォーカスされる」
病気で死ぬということを「テコの支点」にして、すべてを見て感じていくことになる。意識が深くフォーカスされ、さまざまな気づきが多い。
④「出会いが豊かになる」
池谷もそのうちというので、遠くからいろいろな人が訪ねてきてくれる。また、これが最期かもしれないと思うと出会いが豊かになる。
⑤「会いたい人には遠慮せず会いに行く」
いつ動けなくなるのかわからない、お互いいつ死ぬのかわからない、のでこちらから会いたい人には遠慮せず会いに行ったり電話する。相手の都合は二の次。
⑥「力仕事はもう無理っことでラクだよ」
できることは限られている。力仕事はもう無理。相手もそれを期待していない。それでいいとしている。「動けないよ」と言ってあるので、相手は期待しない。そして大切にしてくれる。ラクだよ。20日は田植えに呼ばれているけど、椅子に座ってみているだけ、あるいは寝そべっているだけ。
⑦「アイデアと企画は浮かぶ」
さいわい頭はまだちゃんと働いているようなので、アイデアは次々と浮かぶ。企画も次々と浮かんでくるよ。それでアドバイスやサポートはできる。実践する人も不思議と現れてくれる。
⑧「身体について探求は進む」
これまで、身体についての関心や探求が欠けていた。この病をきっかけに身体について探求は進む。科学的・医学的な分野から、東洋医学、民間療法、呼吸法など、限りなく探求が進む。
⑨「ロールモデルとして役に立つ」
すべての人は死ぬ。老いて病を得て、あるいは事故などで死んでいく。どう死んでいくのか、その死にゆくありようを日々の暮らしから具体的ら発信していく。これはロールモデルとして役に立つと思っている。そのことで、自分自身、暮らしを楽しむことにもつながる。