鎌田東二さんが逝去された。まだまだ生きておられると思っていたのに。享年74歳。
宗教哲学者、宗教学者、京都大学名誉教授。神道学を中心に、宗教哲学、民俗学、比較文明学、日本思想史、人体科学など幅広い分野で研究を行い、著書多数。
学者でありながら、動きは軽やかで、段取り力も鮮やかだった。「神道ソングライター」として、石笛、横笛、法螺貝の演奏や作曲活動も行っていた。
鎌田さんがまだ無名だった頃、早稲田奉仕園で「空海」の講座を受けたことがあった。
内容はよく覚えていないが、「こんなに熱心な研究者がいるんだ」と強く印象に残った。
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友人の弟が、日蓮宗の荒行堂で知られる遠寿院(おんじゅいん)の住職になるというので、晋山式に出かけた。そこで鎌田さんに出会った。新しい住職が鎌田さんの國學院大學時代の親友だったのだ。
歩きながら、「鎌田さんが無名な時代に、お話を聞いたことがあるんですよ」「へぇ、そうでしたか」といったやりとりをした記憶がある。
あるイベントでは、鎌田さんが主催と司会を務めていた。大きなイベントで、美内すずえや楳図かずおも登壇していた。大トリを松岡正剛さんが務めることになっていた。
「民間の伝道者としての行基が、東大寺の大仏造立のために、いかに体制に取り組まれていったか」という話。
まさにこれからというところで、鎌田さんが「まことにすみません、もう時間がありません」と遮った。松岡さんが「えっ?!」と驚き、「本当に申し訳ないです」と鎌田さんが謝る。そんなやりとりを思い出した。
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役行者(えんのぎょうじゃ)の本の企画で、鎌田さんと夢枕獏さんに電話したことがあった。金峯山寺の執行長・田中利典さんと、鎌田さん、獏さんの鼎談を予定していた。
鎌田さんは大変乗り気だった。「いつかシャンゼリゼ通りで山伏スタイルで法螺貝を吹いて歩きましょう」といった企画を話すと、「いいね、それ。ぜひ参加させてください」と大いに盛り上がった。
一方、獏さんからは「まだ役行者についてよく知らないから」と断られた。あの頃は私の「盲蛇に怖じず」時代だった。