カリフォルニアに住んでいる友人との会話。
アメリカにおけるベトナム人の活躍、ネイティブアメリカンとカジノのことが聞けた。
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ベトナムは、歴史的にアメリカと戦って敗れなかった国であり、13世紀にはモンゴル帝国(元朝)の侵攻を3回撃退した誇るべき過去を持つ。この二つの事実だけでも、ベトナムの強靭さがうかがえる。
現在、ベトナムは経済的に大きく発展しており、将来的にはベトナム、インド、インドネシアが世界を牽引する時代が来るかもしれない。
今日は、友人の息子の誕生日パーティーに参加している。昨年、30年ぶりに再会したベトナム人の友人は、妻と二人の子どもを持ち、安定した家庭を築いていた。彼とはかつて日本食レストランで一緒に働いたことがあり、日本文化に強い興味を持っていた。彼は2度、日本へ旅行した。
両親はベトナム戦争時に難民だった。彼が3歳のとき、家族は船でアメリカに渡った。今日、初めてベトナム人のパーティーに参加したが、初対面のベトナム人同士が「どこから入ってきた?」「どうやって入ってきた?」と、難民としての経験談で盛り上がっていた。ベトナム人は過酷な苦難を乗り越え、難民として船でアメリカにたどり着いたわけだ。
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友人は現在、コネチカット州の田舎町でカジノのディーラーとして働いている。この町はカジノが経済の中心で、ニューヨークまでは車で約2時間半だ。
カジノのオーナーはネイティブアメリカンで、歴史的に土地を奪われた彼らへの贖罪として、アメリカはカジノ運営を認め、収益が還元されるシステムを構築している。
カジノで働く人々は多様で、ベトナム人、中国人、最近ではチベット人も多い。従業員はカジノ周辺に住み、観光客はホテルに宿泊する。地元には毎日カジノに通う人もおり、中にはカジノで生計を立てている人もいるようだ。
面白いことに、ディーラーの中には仕事後に自分もギャンブルをする人がいる。ディーラーゆえに勝つコツを知っており、1日2時間ほど遊んで効率よく稼ぐそうだ。
友人の給料は悪くなく、田舎のため家賃や物価も安い。彼は土地や車を購入し、子ども二人を育てている。アメリカには、ネイティブアメリカンに対する歴史的罪悪感があり、彼らの自立を支援する意識が根付いている。ただし、ネイティブアメリカンの中にはアルコール依存症に悩む人も多い。
※難民の背景
南ベトナム政府やアメリカ軍と協力していた人々(軍人、官僚、教師、ビジネスマンなど)は、1975年の南ベトナム崩壊後、共産主義政権による報復や再教育キャンプへの収容を恐れた。
特に、南ベトナム軍やアメリカの同盟者は、政治的弾圧や処刑の対象となる可能性が高かった。また、新政権は私有財産の没収や強制的な農業集団化を推進し、資本主義や西側と関わりのある人々を敵視した。これにより、多くの人々が自由と安全を求めて国外へ脱出した。
※ネイティブアメリカンとカジノの背景
植民地時代(16世紀~19世紀):ヨーロッパからの入植者は、ネイティブアメリカンの土地を占領し、武力や条約を通じて追放。1830年代の「トレイル・オブ・ティアーズ」(涙の道)では、チェロキー族などが強制移住させられ、数千人が死亡。
保留地政策:19世紀に、米国政府はネイティブアメリカンを「インディアン保留地(Reservation)」に隔離。これらの土地はしばしば不毛で、経済的価値が低かった。
同化政策:19世紀後半~20世紀初頭、寄宿学校などを通じてネイティブアメリカンの文化や言語を抹消する政策が実施され、アイデンティティの喪失を加速。
この歴史的搾取は、ネイティブアメリカンコミュニティに長期的な経済的・社会的影響を及ぼし、貧困や文化的断絶を引き起こした。
ネイティブアメリカンによるカジノ運営は、歴史的贖罪の一環として認められた経済的自立の手段であり、特定の法的枠組みに基づいている。
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《越民賦》
南疆の鉄骨 霜風に傲(おご)り
北寇の元軍 三度空(むな)し
万里の波濤 亡命の路
一舟の星月 新豊(しんぽう)に到る
霓虹(げいこう)の賭場 棲身(せいしん)の処
児女安居し 楽業の中(うち)
前塵(ぜんじん)の辛酸事(しんさんじ)を問う莫(なか)れ
且(しば)らく看(み)よ 明日の亜州(あしゅう)の雄を
(現代語訳)
ベトナムという南の国の強靭な精神は、厳しい試練にも屈しない
北方の敵・元軍の侵攻を三度も退けた
はるかな海を越えた亡命の旅路
一艘の舟で星明かりの夜を渡り、アメリカという新天地へたどり着いた
ネオンの輝くカジノで働く今
子供たちは平和に暮らし、生活は安定している
過去の苦難をわざわざ尋ねることはない
これから台頭するベトナムを、どうか見守ってほしい