【ブッダの悟りと過去世について】2025.4.17
死後、転生するのかどうか。死後はあるのかないのか。それをいつも探求している。
そのことを解明していったのがブッダ自身であると思う。
では、ブッダは菩提樹の下でなにをどう悟ったのか。
その悟りの内容をパーリ語の文献をもとに、探求している。
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ブッダは悟りを開く過程で、自らの過去世や生命の因果を洞察していく。それをパーリ仏典からみていく。特に『長部経典』(Dīgha Nikāya)や『中部経典』(Majjhima Nikāya)から。。
ブッダが悟りを開いた体験は、「三明」(tevijjā)と呼ばれ、三つの段階で述べられている。
(1)過去世の記憶(宿住随念智, Pubbenivāsānussatiñāṇa)
第一の智慧として、最初の夜、自身の過去世を無数にわたって見通し、生命の輪廻転生の仕組みを理解した。生命がどのように生まれ変わり、業(カルマ)によって影響を受けるかの洞察に進んでいく。
「私は心を集中し、清浄で、汚れなく、柔軟で、動揺せず、確固として、揺るぎないものとした。
過去の多くの住処、すなわち一つの生、二つの生、三つの生、…十の生、百の生、千の生、十万の生、多くの劫の生成と消滅を、こうであったと随念した。
『そこで私はこのような名を持ち、このような種族に属し、このような容貌を持ち、このような食物を摂り、このような苦楽を経験し、このような寿命を終えた。そしてそこから没して、このようなところに生まれた』と。
このようにして、私は多くの過去の住処を、その状況と詳細とともに随念した。」(『中部経典』MN 4, Bhayabherava Sutta など)
(2)衆生の生死の仕組み(天眼智, Cutūpapātañāṇa)
第二の智慧では、ブッダは衆生の生死とその因果を「天眼」(dibbacakkhu)によって観察する。
「私は清浄な天眼をもって、衆生が死に生まれゆくのを見た。
卑しい者、高貴な者、美しい者、醜い者、幸運な者、不運な者たちが、それぞれの業に応じて生まれゆくのを見た。
私はこう知った。『悪業を行う者は、邪見を持ち、誤った行為をするがゆえに、死後、悪趣、堕処、地獄に生まれる。一方、善業を行い、正見を持つ者は、善い行為ゆえに、死後、善趣、天界に生まれる』と。」(『中部経典』MN 36, Mahāsaccaka Sutta など)
(3)漏尽智(Āsavakkhayañāṇa)
第三の智慧は、煩悩(漏, āsava)の滅尽に関する知識である。それは、苦しみの原因(集諦)、苦しみの滅尽(滅諦)、その道(道諦)の洞察だ。このことで、ブッダが完全な解脱に至ったとされる。
「私はこのように知り、このように見た。
『これが苦である、これが苦の原因である、これが苦の滅尽である、これが苦の滅尽に至る道である』と。そして、私の心は煩悩から解脱した。」(『中部経典』MN 36, Mahāsaccaka Sutta)
「菩提三明頌」
夜半樹下三明現:夜半樹下に三明(さんみょう)現わる
宿命天眼漏尽智:宿命(しゅくみょう)天眼漏尽の智
無量劫観生死輪:無量劫(むりょうこう)を観る生死の輪
業火炎炎因果示:業火(ごうか)炎炎(えんえん) 因果を示)す
善趣悪趣随業転:善趣悪趣 業(ごう)に随いて転じ
四諦観成解脱道:四諦(したい)観じて解脱の道成(な)る
輪廻海渡涅槃岸:輪廻の海渡り 涅槃の岸に至り
梵鐘一声暁天澄:梵鐘一声 暁天(ぎょうてん)澄む