過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

②【天命庵のこと】2025.4.4

②【天命庵のこと】2025.4.4

「あんさんは、いろいろな道を求めて歩み続けて、こうして天命庵にたどり着きましたなあ。
あんさんはなあ、人をお助けする、そういう人になりなはれや。お助けというても決して難しいことやありまへん。よく人の気持ちがわかること。
人の気持ちがわかれば、自分の気持ちもわかる。自分の気持ちがよくわかり、人の気持ちがよくわかるところから、言葉を伝えていったら、みんなお助けになります。安心しなはれや。ずっと見守っています。」

初めて天命庵を訪れたとき、「おやさま」から手を握って声をかけていただいたお言葉だった。その言葉は、関西弁(大和国山辺郡)の柔らかさと親しみやすさに包まれ、深い洞察と励ましに満ちていた。
  ▽
神奈川県湯河原にある天命庵は、大徳寺昭輝(だいとくじてるあき)さんの自宅を開放した「心の学び舎」。毎月8日、18日、28日の「八の日」に開放され、訪れる人々と祈りや語らいの場を提供していた。

特に18日は、参列した一人ひとりの手を握り、深夜に至るまで声をかけられていた。一日に200人くらい、いただろうか。

大徳寺さんが参列者の前で話をして、しばらくすると、ふっとおやさまの声になる。「きょうはごくろうさん」と。その瞬間、会場の気が変わる。私の身体の力が緩み、ものすごく安心感やラクな感じになって、ゆとりが生まれる。これは確かな実感だった。今もその安らぎがよみがえる。
 ▽
大徳寺昭輝氏は男性であるが、赤い着物を着て、天理教の教祖である中山みき(おやさま)をチャネリングされていた。

文学者の芹沢光治良の作品、特に『神の微笑』の中で「伊藤青年」として登場する人物のモデルとされている。本名は伊藤幸長(いとう ゆきなが)といい、芹沢光治良との交流を通じてその文学作品に影響を与えた。※天命庵の活動は天理教の公式な枠組みとは独立している。

これはもう30年以上前のことだが。
はじめて出会った瞬間に言われたことが、生涯の公案(枠を突破する教えや問いかけ)になるようなことがあるものだ。

【五言絶句】
訪道天命庵:道を訪ねて天命庵
慈声大和言:慈しみの声は大和言
握手工夫授:手を握りて工夫を授け
安心法門存:安心の法門存す

【七言律詩】
山辺郡里遇奇縁:山辺の郡里に奇縁に遇う
赤衣通神語妙玄:赤き衣 神に通じ語は妙玄
二百衆生手温:二百の衆生 手を温め
三更深夜話因縁:三更深夜 因縁を話す
芹沢文学影浮:芹沢文学に影浮かび
天理教光別脈伝:天理教の光 別脈を伝う
公案一生成此日:公案一生 此の日に成り
大和弁裏法円全:大和弁の裏に法円全し