過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【この世は甘美で美しい】2025.4.1

【この世は甘美で美しい】2025.4.1

「この世は甘美で美しい」と、ブッダが述べたと瀬戸内寂聴さんがよく言っていた。中村元先生もそのような記述をしていた記憶がある。おそらく寂聴さんは、中村元先生の書籍を読んでそう語ったのだろう。
そのあたりを調べてみた。
  ▽
「この世は甘美で美しい」という言葉は、『大般涅槃経』(Mahāparinibbāna Sutta)の中で、ブッダが入滅(涅槃)に入る前に語ったとされている。  

「比丘たちよ、見なさい。この世は甘く、魅力的だ(madhuraṃ idaṃ lokaṃ)。人々は五つの感覚の快楽(形、音、香、味、触)に引き寄せられ、それに縛られている。しかし、それらは無常であり、苦しみを生み出す。ゆえに、それらを手放しなさい。」
(原文: “Passatha, bhikkhave, yāva madhuraṃ idaṃ lokaṃ, yāva kāmehi samappitaṃ; atha ca pan’idaṃ aniccaṃ dukkhaṃ vipariṇāmadhammaṃ…” の意訳)

この文献によれば、確かにブッダは「この世は甘く、魅力的だ(madhuraṃ idaṃ lokaṃ)」と述べている。
これまでずっと説いてきた「この世は苦・無常・無我」という教えとは異なるようにも受け取れる。
  ▽
しかし、文脈を考慮すると、この言葉は次のような意味合いを持つ。ブッダは、「この世が甘美で美しい」ゆえに、世俗的な執着や感覚的な快楽の誘惑に人が引き寄せられ、縛られてしまうと指摘している。それらは無常であり、苦しみを生み出す原因となる。だからこそ、「手放しなさい」と弟子たちに説いたのだと解釈される。

ブッダは、世間の美しさや快楽が甘美であっても、それが無常(anicca)であり、苦(dukkha)の原因であることを説き続けていた。これは菩提樹の下で悟りを開いて以来、終始一貫した教えである。

 

【この世は甘美で美しい】2025.4.1
「この世は甘美で美しい」と、ブッダが述べたと瀬戸内寂聴さんがよく言っていた。中村元先生もそのような記述をしていた記憶がある。おそらく寂聴さんは、中村元先生の書籍を読んでそう語ったのだろう。
そのあたりを調べてみた。
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「この世は甘美で美しい」という言葉は、『大般涅槃経』(Mahāparinibbāna Sutta)の中で、ブッダが入滅(涅槃)に入る前に語ったとされている。  
「比丘たちよ、見なさい。この世は甘く、魅力的だ(madhuraṃ idaṃ lokaṃ)。人々は五つの感覚の快楽(形、音、香、味、触)に引き寄せられ、それに縛られている。しかし、それらは無常であり、苦しみを生み出す。ゆえに、それらを手放しなさい。」
(原文: “Passatha, bhikkhave, yāva madhuraṃ idaṃ lokaṃ, yāva kāmehi samappitaṃ; atha ca pan’idaṃ aniccaṃ dukkhaṃ vipariṇāmadhammaṃ…” の意訳)
この文献によれば、確かにブッダは「この世は甘く、魅力的だ(madhuraṃ idaṃ lokaṃ)」と述べている。
これまでずっと説いてきた「この世は苦・無常・無我」という教えとは異なるようにも受け取れる。
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しかし、文脈を考慮すると、この言葉は次のような意味合いを持つ。ブッダは、「この世が甘美で美しい」ゆえに、世俗的な執着や感覚的な快楽の誘惑に人が引き寄せられ、縛られてしまうと指摘している。それらは無常であり、苦しみを生み出す原因となる。だからこそ、「手放しなさい」と弟子たちに説いたのだと解釈される。
ブッダは、世間の美しさや快楽が甘美であっても、それが無常(anicca)であり、苦(dukkha)の原因であることを説き続けていた。これは菩提樹の下で悟りを開いて以来、終始一貫した教えである。


【五言絶句】
世間甘美存:世間に 甘美存(そん)す
無常苦根源:無常は 苦の根源
五欲迷人眼:五欲の人 眼を迷わす
捨離得涅槃:捨離して 涅槃を得る


【七言律詩】
沙羅双樹説甘美:沙羅双樹に 甘美を説く
五欲繚乱世間姿:五欲繚乱(りょうらん) 世間の姿
花月風光雖可楽:花月風光 楽しむべしと雖(いえど)も
無常迅速苦相随:無常迅速にして 苦相随(あいしたが)う
仏陀終始一貫道:仏陀終始 一貫の道
捨離執着解脱期:捨離執着 解脱の期(とき)
寂聴伝承中村解:寂聴伝承 中村解(かい)
涅槃経典奥義知:涅槃経典 奥義知る