過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

〈7〉【私の宗教・神秘・霊能体験】いろいろな霊能者:長尾先生⑤

〈7〉【私の宗教・神秘・霊能体験】いろいろな霊能者:長尾先生⑤2025.3.14

長尾先生は、東京に来る際、私が暮らしていた国のアパートの2階の部屋に滞在されていた。
不在の時には、「誰でもいいから、泊まってもいいよ」と言われていた。
友人が泊まったこともあれば、タイプの異なる霊能者が泊まったこともあった。
テーラワーダ仏教スマナサーラ長老も泊まったことがあった。国立で私が主催する「アートエナジー」というセミナーで、ヴィパッサナー瞑想を指導していただいた頃の話で、もう30年ほど前のことだ。
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長老が泊まった数日後に、長尾先生が上京された。
その時、先生にこう聞かれた。
「ここに誰か泊まりましたね。それは構わないんだけど、その方は、私のする瞑想のタイプとはずいぶん異なる瞑想をする人のように思いますが、どうですか?いや、それがいいとか悪いとかいう話ではなくてね。私のこの感覚が合っているかどうかを確認したいんです」と。

ある人がその場にいたとき、そこに何らかの波動や余韻が残る。振動と言ってもいいかもしれない。
長尾先生は、そうした微細なものを感じ取ることのできる方だった。
真言密教の醍醐派の僧侶であり、いわば集中瞑想や霊的な感性を通じて瞑想を捉えるタイプの方だったと思う。

一方、スマナサーラ長老は静寂な方で、その瞑想法はヴィパッサナーと言って、「今ここにあるリアリティに立脚し、瞬間瞬間に気づく」というあり方を指導してくださっていた。
結局、長尾先生とスマナサーラ長老が顔を合わせる機会はなかった。もしやりとりがあれば、どういう話になったのか、興味深いことだっただろう。