過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

〈5〉【私の宗教・神秘・霊能体験】いろいろな霊能者:長尾先生③

〈5〉【私の宗教・神秘・霊能体験】いろいろな霊能者:長尾先生③ 2025.3.14

「成功するかどうかは、結局のところ『人』やなあ。計画とか発想じゃないんだ。」
「じゃあ、何で決まるんですか?」

「その人に『運があるかないか』で決まる。その人に運気がなくて、徳がなくて、しぼんでいたら、どんなにいい企画でもうまくいかない。逆に、運気のある人がやれば、無理だとかダメだと言われるようなことでも、成功するもんやで。

その『運気』は、『オーラ』とも言えるし、『指導霊や守護霊、先祖霊』のチカラとも言えるんや。」
  ▽
「じゃあ先生、運気のない人は何をやってもダメなんですか?」
「まあ、そういうことやな。」 

「でも、なんとかならないんですか? 運気を上げるには、どうしたらいいんですか?」
「それはな、まずは『運気のある人』と付き合うことや。そうすると、知らず知らずに運気が上がってくるもんや」 

「はあ、なるほど。でも、運気のある人と付き合うのが難しいときは、どうしたらいいんですか?」
「それは、また今度教えてあげるよ。そういう運気のいい心を作る行があるんや。」
  ▽
長尾先生が教えてくれた運気を上げる方法の一つは、平穏な心を作ることだった。
人によってさまざまな方法があるが、その一つとして、永平寺で日夜唱えられている般若心経の響きをテープで聞くのがいいと言われた。 
その音源は、長尾先生が霊的な加工を施したものだったと思う。

曹洞宗の般若心経の唱え方は、抑揚がない。ずっと平板で、クセをつけない。大勢の修行僧が安定して唱えていて、倍音が響き合い、独特の落ち着いた安定した世界を作り出している。そして、巨大な木魚が「どっどっどっ」と低音で響き渡る。
たしかに、耳を澄まして聞いていると、落ち着いた心になってくる。
  
たとえば、西洋のキリスト教で言えば、大きな石造りの大聖堂で歌われるグレゴリオ聖歌にも通じるものがあると思う。

まあ、この方法はほんの一例で、いろいろと個別に教えてくださったものである。