〈4〉【私の宗教・神秘・霊能体験】いろいろな霊能者:長尾先生② 2025.3.14
長尾先生は、ぱっと見、まったく普通のおじいさんだった。静かで控えめ。体も小さい。四国の多度津にお住まいで、真言宗醍醐派のお坊さんだった。仏教、密教、心霊科学に通じていた。
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霊的な直感力に優れていて、その種の相談事を受ける方だった。知識で物を言う人ではなく、感性と体験を通して教えてくださった。
いろいろな新興宗教からも学ぶ方だった。
「宗教は外側から見ただけじゃわからん。内側から見ないとわからんよ」
そう言って、実際にその宗教団体の本部や集まりに出かけていった。
「立正佼成会の法座はいいよ」「真如苑の『人を大切にする姿』はいい。礼拝する姿もいいよ」「本当の神道を学ぶには、玉光(たまみつ)神社に行くといい。きちんと清冽な空気がわかるよ」
ということで、僕もあちこち、実際に出かけていくようになった。
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日本最大の巨大宗教団体の機関紙を見せると、そこに「邪悪と立ち向かえ」というようなタイトルがでかでかと出ていた。
長尾先生はこうつぶやいた。
「この世に、邪悪なんていうものがあるんかいなぁ……。
〈わたしが正しい〉というのは、宗教とは言えんなぁ……。
本当の宗教というのは、〈わたしが正しい〉じゃなくて、〈わたしが間違っていました〉というようになるんじゃないかなぁ……。」
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──いい宗教団体とよくない宗教団体の見分け方ってあるんですか?
「うん。そこに行くと、“ねっとりした生暖かいもの”を感じる。それは、よくない宗教やなぁ」
──確かに、それは私でもわかります。じゃあ、いいところはどんなところですか?
「たとえば、庭の植木を見てごらん。スッキリと立っているところがある。そういう場が整っている宗教団体はたいしたものや」
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会った瞬間に、その人の本質的なところを見抜く力があった。
霊的なことで本当に苦労してきた人がいた。霊に取り憑かれやすい体質の人っているのだ。
何も語らずとも、その人に会った瞬間にぽつんと一言。
「大変やったなぁ……」
そうしみじみ言われると、その人は泣き出してしまったこともあった。
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こういう能力は特殊だ。修行して得られることもあるだろうけれど、生まれ持ったものじゃないかとも思う。
霊的な力というのは、人を魅了する。深い暗示や、他人に語ったことのないものでも、すんなりと「こうやなぁ」と言われると、ぎょっとする。
しかし、こうした力のある人は、その力の制御が難しかろう。
ズバッと予見したりするとすごく敬服されたりして、口コミで信徒も増えてくる。信徒が集まる、お布施が集まる。すると、さらに信徒が集まるとうれしい、お布施が増えるとありがたい、という思いに至ることもあるだろう。
すると、やがていつしか力を過信して、傲慢になってしまうこともある。そこに魔が付け入る。知らず知らずのうちに、変な低級霊に支配されてしまうこともある。
長尾先生は、そのあたりをよく気をつけていて、なるたけ有名にならないように、評判にならないようにもひっそりしていたのだった。
※長尾先生のことは、しばらく続く。かつて書いてきたが、また整理している。過去のものと重なることもある。