〈3〉【私の宗教・神秘・霊能体験】本作りの方向性② 2025.3.14
書こう。方向性としては、宗教体験を中心に据える。宗教体験、霊能体験、私の神秘体験という視点から始める。
子育て、先祖供養、新興宗教、インド、田舎暮らし、霊能者との出会いなど、さまざまな要素があるけれども、宗教を軸にするのだ。理屈ではなく、次々と起こった体験をそのまま綴っていく。
自分のことだから、どんな切り口でもアイデアが湧き出てくる。好きなように切り口を見つけ、自由に書ける。
単にカタログ的に面白がるだけではなく、「宗教とは何か」「宗教心と宗教団体」「それぞれの宗教の視点」を、体験的に描いていきたい。それが役に立つかどうかも大切だ。
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テーラワーダの長老、原始仏教、大乗仏教、座禅、新興宗教、霊能者、自己啓発セミナー、インドでの濃密な宗教体験など、私に起きた神秘体験を書いていく。
カタログのようにならず、1本の線で貫かれているように。
「気づきの宗教体験」「安穏と手応えのある宗教体験」「体感で捉えきった宗教体験」。そういう切り口から始めてみようか。
理屈や教義や理論ではなく、あくまで私の体験を軸に。宗教体験、神秘体験、霊能体験、スピリチュアルな体験ばかりになるけれど。
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書いていく中で、自分の精神史が整理されてくる。まあいつも、人と話しているときに出てくるものだ。文章にしていくと、いろいろ見えてくる。
「自分というものを知りたければ文章にしろ」というのは、一つの命題だ。自分自身を知りたいなら、それを文章に表していくのが最も効率的なのだ。
人と話していると次々と思いが浮かんでくるし、語るのは容易い。しかし、それを文章にするとなると、なかなか手間がかかる。それでも、書くことで整理されてくるものがある。その点、生成AIをうまく活用する方法がいま起きている。
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自分をどのような視点で表現するのか、というのは楽しい道だ。書きたいことは山ほどある、しかしたくさんのものを同時に切り捨てることになる。「オッカムの剃刀(かみそり)」みたいなものだ。
今まで他人の文章を一生懸命形作ったり編集したりしてきた。しかし、そのエネルギーを自分自身に向ける時がきたと思っている。
私は今、病気で、余命も長くはなんないだろう。その中で力を振り絞り、集中して文章を書いていくことにする。
やっと春が訪れてきた。やがて暑い夏が来る。その前に1冊書き上げる目処をつけてしまいたい。これは、飽きることのない事業だ。何しろ自分のことだからね。
その勢いの中で、今滞っている仕事もこなしていくってこと。
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何より自分が躍動し、喜びを感じられる。そして人の役に立ち、暮らしていける。全エネルギーを集中できる。
今まで「やろう、やろう」と思いつつできなかったこと。それが今、病気によって「やらなければ」と決意させられ、やっていくことが定まった。病気が背中を押してくれている。そして生成AIがサポートしてくれている。
こう書くと、生死の淵に立ったような宗教体験や人生体験を刻んでいく思いがするが、ちと大げさか。ともあれ、概念ではなく、すべて体験に基づいた文章。他人のものではなく、私自身の体験だ。体験を述べ尽くしつつ、あとは不要な部分を削ぎ落としていく。
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素材は無限にある。その中からギリギリのものを選び、表現していく。多くのものは捨てなければならない。カヌーや馬に乗ったような感覚で、よどみなく読み進められる文章にしたい。
既存の宗教書は、ほとんど概念的だ。私が書こうとするものは、それを体験から伝えきろうとしている。体験の迫力、生々しさ、勢いが伝わる本を出していきたい。
今までは他人のことばかり書いてきたが、今度は自分のことを書く。宗教体験をどう捉え、どう受け止めたのか。どう変容していったのか。それを綴っていく。