過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

〈2〉【私の宗教・神秘・霊能体験】本作りの方向性①

〈2〉【私の宗教・神秘・霊能体験】本作りの方向性①

これまで出会った数多くの霊能者について、少しずつ書いていこうと思う。順序はバラバラだが、まずは「霊能者シリーズ」として進めよう。

目標は1日10本、10日間で100本。通し番号を振って、モチベーションを上げるために、まず100本を目指す。それで本の骨子ができ上がりそうに思う。そのことで、私の宗教的精神史や神秘体験をまとめていければありがたい。
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出版社と相談しながら、「もっとこういう方向に進もう」「ここは削ろう」「ここは広げよう」といった形で進めるための橋頭堡(きょうとうほ)にしたい。

基軸は私の体験だ。教義や理屈、「仏教ではどうか」といったものはあまり入れない。仏教や神道、死やカルマについて触れるとしても、理論や理屈、教義ではなく、あくまで私が体験し、納得したことを基に書いていく。
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Facebookに投稿すれば、いろんなツッコミやコメントをいただけるだろう。コメントを通じて文章を見直したり、多角的な視点を得られたりするのでありがたい。異論反論、感想を期待するところ。
 
現在の執筆方法は、体調が良くないこともあり(特発性間質性肺炎で呼吸が苦しい)、寝ながらひっくり返ってiPhoneに音声入力している。それを生成AIのGrok3に校正させ、その後に私が文章に整え、さらにGrokで編集するというものだ。

この新しい方法で執筆が可能かどうか、その実験も兼ねている。
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これまで私は編集がメインだったため、ほとんど他人のことばかりを書いてきた。他人の文章を作ってきた。今回も私が出会った人々の話がメインになるが、私に起こったことしか書かない。神秘的・宗教的な体験を軸にする。

書き続けていけば、「そういえばこんな人がいた」「あんな方がいた」とさらに多くの出会いを思い出すという流れになりそうだ。
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インドでの放浪も長く、濃密な宗教的エネルギーの坩堝を体験している。たくさんのグル(霊的な指導者)にも会ってきた。全く人間としてありえないようなレベルの人々にも出会った。そうしたものは「インド編」としてまとめていく。
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また私は若い頃から創価学会や数々の新興宗教と縁があるが、その素晴らしさや魅力、そして限界についても書いていこうと思う。
そして、スマナサーラ長老とも縁があるので、原始仏教についてもまとめていくつもりだ。
 
呼吸の瞑想法、「今ここ」に気づく瞑想法、マインドフルネスの瞑想法についても書きたい。そして、大乗仏教密教スリランカやタイ、ミャンマーなど、東南アジアの仏教についても触れたい。
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さて、最後の着地点をどこにするかはまだ見えてこない。
ただ、基本的に「宗教はなんだっていい」と考えている。等しくクリスペクしているつもりだ。ただし、「これこそが最高であり究極だということはありえない」。
  
宗教というものは、その人にとっては絶対的で究極かもしれないが、縁によって出会いを深めていけば、人間性を磨く道になる。だから「なんだっていい」。

ポイントは、どんな形であれ心を清らかにすること。人格が向上していけるかどうか。そして、心によって現実は変化することを体験すること。

では具体的に「心を磨くとはどういうことか」「暮らしの中で何を磨いていけばいいのか」。そこも書いていきたい。

自分のことだから、忖度はいらない。自分の体験という泉は枯れることはない。何よりエネルギーが湧くし、楽しい。気力アップにもなる。
ただまあ、いつものごとく飽きっぽい性格なので、さすがに1日10本は多すぎるかもしれないけれど。そのあたりは生成AIがサポートしてくれる。