【変容せざるを得ない時が来ている】2025.3.10
①「治るぞ」「治っていくぞ」と念じながら息を吐く
②現実を動かす。そういう道もある
③自分の身体こそが神殿であり、道場であり、テンプル
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丹田に力を入れる。吐く息とともに「治るぞ」「治すぞ」「治っていくぞ」と念じる。
吸う息は自然に入ってくる。吐く息に力を込め、「治る、治る、治っていく」と念じていく。
そういう呼吸法にシフトしてみている。
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この病(特発性間質性肺炎)は「治らない」と言われている。
それでも、「何としても治していかなくちゃ」と、方向性を変えている。
今のこうして朽ちていく身体を、あるがままに気づいていくというのも一つのあり方。リアリティそのものとも言える。
しかし、現実を動かす。そういう道もある。
治るか治らないかわからないとしても、「治す、治してみせる」という道も歩めるわけだ。
そういう方向にシフトしようと思っている。
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自分の身体こそが神殿であり、道場であり、テンプルだ。
心のありよう、念の持ち方、呼吸のありようで、身体がどのように変化していくのか。
それは自分でやってみれば、自分で納得し、たしかにわかることだ。
毎日毎日、実験と探求の道を歩んでいる。
もしもそれで治っていくことができれば、それは人生の大いなる転換軸になる。多くの人にも役に立つ体験にもなるはずだ。
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早朝、シジュウカラが鳴き出した。ツーピー、ツーピー。
ウグイスも、少しずつ鳴き始めている。
メジロだろうか。チョンチョンという地鳴きや、枝を飛び跳ねる音も聞こえる。
ちょっとした鳥たちのコンサートの息吹だ。
春の胎動が始まっている。
ここからは一気に、春爛漫の道へまっしぐらだ。
私の人生も、ステージがシフトしそうな予感がする。
変容せざるを得ない時が来ている。