【ランの物語の 愛犬のランが逝った】2025.3.7
【ランの物語】
昨日、愛犬のランが静かにこの世を去った。主人である私よりも先に年老い、病に蝕まれ、そして旅立っていった。「命あるものはいつか消えるものだよ」と先達として教えてくれるかのように。
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その夜、私はランのために好物の鶏肉の皮を焼いた。香ばしい匂いがキッチンに広がる。目を輝かせて飛びついてくるランの姿が浮かんだ。焼けた皮をそっと犬小屋に置いておいた。だが、翌朝、小屋を覗くと、それは手つかずのままだった。
「おかしいな。大好物のはずなのに」。食欲はずっとあった。「まあ、そのうち食べるかな」。一昨日の夕暮れ、遠くからランの鳴き声が聞こえた。それが最後の響きだったのだろうか。
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ランが我が家にやってきたのは、13年前の春の2月。甲斐犬だった。そのとき匹の子犬をもらってきたが、姉妹の2匹はすでにこの世を去っている。
天然記念物に指定されるその姿は、日本オオカミや山犬の原種を思わせた。まるでクマの赤ちゃんのような、愛らしさに心を奪われた。成長するに連れ運動神経はすごかった。垂直の崖さえも、風のように駆け上がり、駆け下り、山を自由に飛び回る姿があった。
散歩中、ランは突然、イノシシのウリ坊を見つけて、鋭い牙を剥き出しにしてガブリと噛みつき、あっという間に半殺しにしてしまった。慌てて引き離したが、ランの野生の本能には驚いた。
近所の人から「タヌキが出て困っている」と頼まれた時には、一撃で仕留めてみせた。役所の人に「カモシカを追い払ってほしい」と請われ、ランを連れていくと、堂々とした姿でカモシカさえも威嚇していた。
川向こうでイノシシを飼って散歩している人がいた。それはそれは巨大なイノシシだ。それを初めてみたランは、恐れおののいてお父ちゃんを捨てて逃げていったこともあった。
アイガモ農法で3,000平米の田んぼをやっていた時、番犬につないでおいたところ、リードを外してアイガモを5羽、食い殺してしまったこともあった。
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晩年は、腫瘍がランの身体を蝕み、かつての力強い姿は影を潜めた。だがある日、ニワトリを連れた親子が庭に遊びに来た時、昼行灯のよう に眠っていたランが突然目を覚ました。
ニワトリに襲いかかり、小屋へと引きずり込んでしまった。響き渡るニワトリの叫び声に、たまげたものだ。まだまだ燃える野生の命の火があった。
ランは「歌う犬」だった。ここ春野町は、宝塚歌劇団を創設した白井鐵造の故郷である。町にはその縁で、「スミレの花」という曲が1日に3回、スピーカーから流れる。メロディーが響き始めると、ランは決まって遠吠えを始めた。まるで、一緒に歌っているかのようだった。
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生きるものは死ぬ。死ねばもう動かない。心臓は止まり、温もりは消え、身体は硬直していく。そして、やがて地に還っていく。
「ランよ。もう苦しんでいた肉体から解放されて、自由になったんだね。ほっとしているよね」。
ランは逝った。でも、苦痛と不自由な身体を離れて、きっと自由に風の中を駆け回っているんだろうな。



