過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

コミュニケーションが滞る場合

「コミュニケーションが滞る場合」(前の投稿の続き)
①どちらかが優位に立とうとしたり、操作とか支配しようとしたりするとき
②固定的なもの(思い込み、思い入れ)から、全てを解釈して価値判断するようなとき
③これまでの人生が崩れてしまう。だから、その人は絶対に崩そうとはしない
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コミュニケーションが滞る場合には、どちらかが相手より優位に立とうとしたり(マウンティング)、操作(マニピュレート manipulate)とか支配しようとするときだ。
あるいは、被害者意識をもっていたり、怒りがあったり、何か強い主義とかイデオロギーとか宗教的な信念、固定的な教義を抱きしめているときだ。

さらには、固定的なもの(思い込み、思い入れ)から、全てを解釈して価値判断するような人と対話すると、コミュニケーションは滞る。
相手の思い込みの壁が立ちはだかるのだ。
こちらでそれを崩そうとはしてみるが、それは絶対に崩れない。
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思い込んでいる人の思い込みを外すというのは、人間ワザではできないと思うほどだ。その人はその思い込み、主義、信念、あるいは教義体系で、それまでの人生を生きてきたわけだ。

だからその思い込みを外そうとすると、その人のこれまでの人生が崩れてしまう。だから、その人は絶対に崩そうとはしない。崩れない。

いかにロジカルにいかに客観的に述べてみても、絶対にそれを認めようとはしない。
だからそういう話になると、コミュニケーションはとても滞る。生産性はえらく低くなる。
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だから私はそういう方とやりとりする場合、その人がいかにしてそういう主義とか信仰を持つに至ったか。その人生体験の話を聞くようにしている。

どんな宗教であれ、その人の人生体験だから十分に聞くに値するものがある。その宗教がその人の人生に、暮らしにどういう影響を与えているのか、具体的に聞いていく。それは、なかなかに味わい深いものがある。