「教えを授けられてから、若き隠遁修行者は、相手がブッダその人であることに気が付いた。そこで彼は立ち上がり、ブッダの御前に進みでて、師の足許に礼拝した」
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ブッダのものがたりで、感銘するものはたくさんあるのだが、これもその一つ。
ブッダの教えは人から人へと伝わっていった。
その教えを聞いて修学していた若者が、ある日、偶然にもブッダその人に出会う。
しかし、若者はその方がブッダとはわからない。ブッダも自分がブッダだとは名乗らない。
ブッダは若者に教えを述べる。
それを聞いて、その若者は、はっと気がつく。確信する。
「この人こそまさに尊敬してやまないブッダその人だ」。
そして、ブッダの足元に礼拝する。
ここを読むといつも泣けてくる。
以下は、『ブッダが説いたこと』(ワールポラ・ラーフラ著 岩波文庫)
原典は「マッジマ・ニカーヤ」(中部経典)から
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「ブッダはかつてある焼き物師の小屋で一晩を過ごした。
そこには、ブッダより先に一人の若い隠遁修行者が到着していた。二人はお互いに面識がなかった。
ブッダは隠遁修行者を観察し、「この若者は立ち居振舞がよい、彼がどんな素性の者なのかを知りたい」と思った。そこでブッダは、こう尋ねた。
「ビクよ、あなたはどんな師を求めて家をあとにしたのか、あなたは誰に師事しているのか、あなたは誰の教えが好きなのか」
若者は答えた。「友よ、シャーキャ族のゴータマ姓で、隠遁修行者となった人がいます。彼は名声が知れ渡り、完全に目覚めた人です。私は目覚めた人に従って家をあとにしました。彼は私の師であり、私は彼の教えが好きです」
「その目覚めた人は、今どこに住まわれるのか」とブッダが尋ねた。
「友よ、北方にサーヴァッティという小さな町があります。完全に目覚めた人はそこにお住まいです」
「あなたはその方に会ったことがありますか。その人を見れば、わかりますか」
「私はその師に会ったことはありません。ですから会ってもわかりません」
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こうしてブッダは、その見知らぬ若者が家を棄て、隠遁修行者になったのは、自分自身の教えを求めてであったと知った。しかしブッダは自分の正体を明かさずに、こう言った。
「修行者よ、あなたに教えよう。注意して聴くがよい」
若者は、「友よ、聴きましょう」と承諾した。
そこでブッダは真理を説明する、もっとも素晴らしい教え(「第三聖諦ドゥッカの消滅」)を若者に授けた。
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教えを授けられてから、若き隠遁修行者――名前はプックサーティといったーは、相手がブッダその人であることに気が付いた。
そこで彼は立ち上がり、ブッダの御前に進みでて、師の足許に礼拝して、ブッダとは知らずに「友よ」と呼びかけたことを謝罪した。
彼はそこでブッダに入団の許しを乞うた。ブッダは彼に「(必需品である)托鉢椀と衣の用意があるか」と訊いた。若者が「用意していません」と答えると、ブッダは「それでは入団は許されない」と言った。
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プックサーティは托鉢椀と衣を求めて出て行ったが、不幸にも牛に襲われて死亡した。
後になってこの悲しい知らせを聞いたとき、ブッダはプックサーティは賢明で、すでにニルヴァーナを実現する直前の段階に達しており、死後アラハントとなり、その生涯を終えたあとは、再びこの世に生を受けることはないであろうと述べた。