過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

スマナサーラものがたり(67)瞑想について⑪

スマナサーラものがたり(67)瞑想について⑪

では、悟ろうとか、ブッダになろうとか、目的がなくて瞑想するのがいいのでしょうか。

まず、自分の神秘体験に対する愛着を捨てることです。
なにかと一体になればいいな、という気持ちも捨てるのです。

まず「瞑想が」「悟りが」と言う前に、みんなと冗談を言う、ふざける。からかってしまう。そういうコンディションのよくできる人間になってみたほうがいいんです。
「あなたは、結構老けてみえますね」とか。
そういうふうに言える人間になってほしい。

いくら言われた相手が気分が悪くなっても、こちらは引っかからない。
いつでもそんな状態でいいんです。
ところが、「私の神秘体験」と言った途端に、みんな「えーっ?」となります。

そのことで足を引っ張られるんです。成長は止まってしまうのです。

スマナサーラ長老のインタビューをもとに池谷が構成しています。