スマナサーラものがたり㊵下町での暮らし
「人間と一緒に暮らしているんだ」「ああ、日本にいるんだなあ」という感じがしたんですね。
私を平等に見てくれていることが嬉しかったですね。あなたは特別視してないんだよという心です。乱暴な言葉の裏に温かいものが流れているんです。
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北千住にも暮らしました。
テーラワーダ協会が目白のマンションに移った頃でした。
そこは下町という感じで、互いに挨拶する、心配してくれる、余計なことまでしゃべる。
街の人とはよく話していたんです。銭湯にもよく行きましたよ。納豆は一所懸命にかき混ぜると美味しくなるんだとか、教えてくれたおじさんもいました。
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その地域では、恒例の祭がありました。神輿(みこし)を練っています。「おい、おまえさん神輿を担ぐぞ」と呼びにくる。
でも、私はけっして部屋を出ません。そうしないと神輿を担がされるんです。荒っぽい男たちと一緒に、神輿を担ぐ体力などありませんからね。
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ある時、指にケガをしてしまったんです。家にはそういった包帯とか薬がない。講演会の講師でした。病院に行けばいいんだけれど、私の講演はキャンセル。みんなに迷惑をかけてしまいます。でも、血が出て止まらない。さて困りました。
近くの薬屋さんに駆け込みました。「ケガしちゃったんだけど、どうしたらいいですか」と言ったんです。おばあちゃんがでてきて、「あれまあ」といって、薬箱を持ってきて、そこでしっかり丁寧に包帯を巻いてくれました。
巻き終わると、「あなた、いま忙しいんでしょ。はやく行って行って」と。お金も何も取らない。この感じが素晴らしいでしょう。そこに人間の愛情を感じましたね。
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どこかの店でご飯を食べる。店に入ったら、もう私も食べるものはとっくに作ってある。注文する必要はない。いつもとは別なものを注文しようとしたら、店の人は「これにしなさい」ともう決めている。「いや別なもの作ってください」というようなやりとりもありました。
一度だけ他の店に行こうとしました。そこは暗いし、ちっちゃな店でカウンターだけ。満席なんです。店主はお客さんの誰とも喋りません。「いらっしゃいませ」もないんです。でもそこはいつもお客でいっぱいなんです。特に美味しいわけじゃない。不思議でしたね。
※スマナサーラ長老のインタビューをもとに池谷が構成しています。