スマナサーラ長老の半生記をまとめている。長老がスリランカから日本に来て40年余。
その活動は、いわば「スマナサーラショック」に近いものがある。
そこで、その半生記を聞き出して(無理やり)、まとめようとしている。まったくの編集途中。いますこしずつ紹介。
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私は日本に来て40年以上になります。
その辺の経緯を詳しく聞かれても、私はもう物を忘れる年齢になりました。
過去をしっかり覚えているというのは、そこに愛着があるんからなんですね。私は今日だけを生きているんです。今日一日だけを。
特に思い出としてはないんですね。それだけ。
過去のことを聞かれるのは、愉快ではありません。まるで遺体を掘り起こして「これ臭いね、どうですか」というようなものです。私にとっては耐えられないところもありますよ。
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なぜ日本で活動するようになったのか、よく聞かれます。
わかりやすく一言で言うと、「穴に落ちてしまったんです」。
人が穴に落ちたらどうしたらいいんですか。
その穴から、出なくちゃいけないでしょう。
必死でがんばるしかないんです。穴に落ちたまま負けるわけにはいかないです。
その穴に落ちてしまったわけだから、もう他の道を選べないでしょう。
それで頑張って穴から上がろうとしてきたんです。
穴から這い上がってでてきたところで、もう人生は終わっているということもあります。
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それは、私だけじゃないんです。
一人ひとり、自分が落ちた穴があるんですよ。
それを這い上がるのが自分の人生なんです。
すでに穴に落ちたわけだから、文句言ったって意味がない。頑張らなくちゃいけない。努力しなければいけない。
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「何で私だけが?」と思うことでしょう。
それは、あなただけじゃなくて、みんな同じなんです。
みんなそれぞれが、自分の穴に落ちているんです。
それは、穴というものを暗いイメージで捉えるんじゃないんです。
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穴というのは、それは自分の生きる道なんです。
自分が落ちた穴だと思ったら、なんとなく晴れ晴れした気持ちになるかもしれません。それって苦しみかもしれないけれども、苦しみでもない。勝手に自分が苦しみと思っているんですね。
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結婚していても、それぞれ落ちる穴が違うんです。
旦那の落ちる穴は旦那の穴、妻の落ちる穴は妻の穴、二人で同じ穴に落ちませんよ。夫婦であっても、二人が同じ道を行かないんです。(続く)