過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

スマナサーラ長老との出会い③ 大洋村時代

スマナサーラ長老との出会い③

スマナサーラ長老は国費留学でスリランカから駒沢大学に留学。研究するのは道元禅師だ。道元というと、日本の仏教者の中でこれほど難解かつ深遠な哲学はないと思う。

しかも、難しい日本語と漢字で学ぶというのだから、それはたいへんすぎる。たとえば、こういう文章だ。

仏道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。(『正法眼蔵』現成公案

日本人がいきなり、ギリシア語でアリストテレスを学ぶとか、スコラ哲学をラテン語で学ぶよりはるかに難しいと思う。

ちなみに、今年の四月に、佼成出版社から「スマナサーラ長老が道元禅師を語る」という本が発刊されて、長老によって見事に生き方、人間のありよう、そして暮らしの役に立つ生き方として語ってくれている。
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長老は、駒沢大で博士号は取得することはできなかった。図書館で本を借りて読んだり過去の数々の論文の文献を読んだりすること自体が大変だったろうと思う。指導教官の奈良康明教授から「あんなにすぐれた人がもったいないことでした」と直接聞いたことがある。

ともあれ、学位もとれず、このまま日本に居続けるのか、スリランカに帰るか、そんな宙ぶらりんの時に、私はお会いしたことになる。
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後に「上座仏教修道会」を主催する竹田倫子さんの引き止めもあって、日本で仏教の講話しながら暮らしていくことになった。

暮らすところは、竹田さんの別荘のある茨城の大洋村という辺鄙なところである。なにしろ空き家ばかりのところである。

無人駅、野犬はいる。たいそう寂しいところであった。そこで、瞑想指導会を持たれていた。

当時の長老は、わりとヒマそうで「普段はなにをされているんですか?」と聞くと、「私の趣味は、散歩しながら、空き家になった幽霊屋敷に名前をつけることです」とか言っておられた。

カラスに餌を上げたりもしていたが、竹田さんから「長老、生き物を大切にされるお気持はわかりますが、カラスには餌をあげないでください」と注意されていたりした。