大磯にあるエリザベス・サンダースホームを訪ねたことがある。ここは、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫・澤田美喜が建てた孤児院。戦後の混乱の中でアメリカ占領軍兵士との間に生まれた混血児の救済と養育のために建てられた。その広大な敷地に、教会のような記念館があった。
入り口のところで、草むしりをしているおじいさんがいる。
いつもの常で、初対面の人でも、なれなれしく気楽に声をかけるのが私の常なこと。
──きょうはやってるんですか?
「なんだいきなり。人にモノを訪ねるときには、礼儀をわきまえろ」
叱られた。うわっと驚いたけど、たしかにその通り。非礼を詫びる。
それがきっかけで、おじいさんは、いろいろと聞いてくる。
「あんたたちの家には国旗はあるのか、掲揚しているのか?」
「日本という国をどう思っているんだ?」
「この国の教育はケシカラン。祖国という言葉もないような国、国旗や国歌を大切にしない国は、とんでもない」
──ううむ。これは困った人につかまったなあ。でも、どんな背景でそんなことを言うのかなあ。
そのことに、興味が湧いてきておはなしを拝聴する。
ノモンハン事件(昭和14年)に従軍したという。日本とソ連、モンゴルを巻き込んだ戦争だ。日本は大惨敗した。戦車の装備など、ソ連と日本では圧倒的に差があった。双方で5万人近い死傷者を出している。
また、航空兵のとき墜落、不時着して頭に大けがをしたともいう。
初めて聞く話ばかりで、興味深い。「それで?」「それで?」とお話を聞いていくうちに、親しくなった。
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「教会を見学していくか」と言ってくれた。
教会に入れていただく。
その方は、奥の部屋に入ってなかなか出てこない。
しばらくすると、そのおじいさんがあらわれた。
きちんとした黒衣にネクタイ、白い手袋の正装。神父さんのスタイル。
なんと、ここの教会の神父であり、館長だったのだ。
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そこは「隠れキリシタン」の記念館でもあった。
館内はその遺品の数々。ひとつ一つを丁寧に説明してくださった
たくさんのロザリオ。観音像の姿をしているが、背中にイエス像が描かれているもの。
仏像の胎内に十字架、台座に十字架のマークのあるもの。
観音様のすがたをしているが、実はイエスを抱いたマリアさまの像。
普通の鏡のようでいて、反射させると、そこに十字架のイエスが写るもの。
最古の踏み絵(こちらは版木)もあった。かなりすり減っていた。
私と妻をポラロイドカメラで撮影してくれ、別れ際には、強い握手をしてくれたのだった。
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たんなる使用人のフツーのおじいさんと思って、あなどってはならない。じつは、すごい人が多いということを幾度も体験している。とくに掃除をしている方。下足番のような人。下座に座っている人。そういう人が、いちばんえらい人だったりする。
ある茶席に寄った時、箒で落ち葉を掃いているおじさんがいた。「春でも落ち葉があってたいへんですねー」と声をかけたところから、立ち話がはじまった。
話題は『平家物語』から、龍樹の『中論』にまで及んだ。「生をあきらめ、死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり」と道元の『正法眼蔵』のことまで語り合った。たいへんな教養である。
掃除をしている普通のおじさんおばさんには、要注意なのだ。ただ者じゃないひとがいるからね。
「あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える人でなければならない。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」(マタイよる福音書)