過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

偽書の特徴として、「秘伝」のかたちをとるものが多い

日蓮の遺文は、魅力的である。弟子や檀越に対する手紙類など、心のこもった勢いのあるものが多い。法門を論じたものも、切れ味がよい。
たとえば「諸法実相抄」「生死一大事血脈抄」「阿仏房御書」「日女御前御返事」など。口伝では、「御義口伝」が秀逸。

あるいは、軍記物のような講談調で勢いがあって音読して心地よいもの。たとえば、「種種御振舞御書」「如説修行抄」など。

あるいは、天台法門のように観念的というか形式論理的で小難しいものもある。「三世諸仏総勘文抄」「立正観抄」「十八円満抄」など。
 
だが、これらの著作は、実は後世の偽書という疑念がある(滅後100〜200年後、室町期に日蓮に仮託して創作された?)。
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仏教学上で著名な論書(たとえば馬鳴の「大乗起信論」龍樹の「菩提心論」など)で、後世、中国でつくられたものもある。
あるいは、最澄に仮託されて書かれた秘伝的なものも多い(天台本覚思想のもの)。
これらを偽書と証明するのは、書誌学的に煩わしいので、今回は省く。

で、日蓮における偽書についてだけに絞ってみる。
どうして偽書が作られるのだろうかを考えてみた。
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日蓮の思想がひろまった室町期において(ある時期、町衆のほとんどが法華門徒)、門下のあるグループが、自分たちの主張の正しさを示すために、権威ある人の名前(日蓮)を出して、偽書を作った。

それにしても、そもそもの発想がなければ創作できない。日蓮が弟子たちに、内々に口伝として説法したメモがあったのかもしれない。それを源として、日蓮が言いたかったことを、観心釈として創作したのかもしれない。なんらかの原形があって、いろいろな人が継ぎ足していったのかもしれない。

それらの偽書に共通するものは、本覚思想だ。もとよりも人は悟っている。仏である。しかし、それを自覚し現実に顕すには、南無妙法蓮華経と唱えることにある、という趣旨だ。それはそれで、日蓮のいいたかった趣旨とは乖離してないとは思う。
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偽書の特徴として、「秘伝」のかたちをとるものが多いと思う。
「内々にあなたにだけ伝える奥義である。他言してはならない」という秘密主義だ。

偽書を作る人は、それとなくどこかに暗号とか、仲間にしかわからないようなワードを入れるんじゃないかと思う。その手かがりがほしいなあとは思うが、よくわからない。

いずれにしても、「秘すべし、秘すべし」という文句が出てくる遺文は、だいたいは偽書かなあとみている。
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例をあげてみよう。

当世天台宗の奥義なり秘すべし秘すべし。「十八円満抄」 

此の血脈並に本尊の大事は 日蓮嫡嫡座主伝法の書 塔中相承の稟承 唯授一人の血脈なり、相構え相構え秘す可し秘す可し伝う可し「本因妙抄」

此の相承は日蓮嫡嫡一人の口決唯授一人の秘伝なり神妙神妙「産湯相承事」

天台己証の法とは是なり、当世の学者は血脈相承を習い失う故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり「立正観抄」

三世の諸仏と一心と和合して妙法蓮華経を修行し障り無く開悟す可し自行と化他との二教の差別は鏡に懸けて陰り無し、三世の諸仏の勘文是くの如し秘す可し秘す可し「三世諸仏総勘文教相廃立」

悟って見れば法界三千の己己の当体法華経なり此の内証に入るを入仏知見と云うなり秘す可し「御義口伝」

霊山一会儼然未散の文なり、時とは感応末法の時なり我とは釈尊及とは菩薩聖衆を衆僧と説かれたり。倶とは十界なり霊鷲山とは寂光土なり、時に我も及も衆僧も倶に霊鷲山に出ずるなり秘す可し秘す可し。「御義口伝」

尊形とは十界本有の形像なり三摩耶とは十界所持の物なり種子とは信の一字なり、所謂南無妙法蓮華経改めざるを云うなり。三摩耶とは合掌なり秘す可し秘す可し。「御義口伝」

寿量品の題目を妙法蓮華経と題して次に如来と題したり秘す可し。「御義口伝」

華経一部は一往は在世の為なり再往は末法当今の為なり、其の故は妙法蓮華経の五字は三世の諸仏共に許して未来滅後の者の為なり。品品の法門は題目の用なり体の妙法末法の用たらば何ぞ用の品品別ならむや、此の法門秘す可し秘す可し「御義口伝」

慥に塔中相承の秘文なり下種の証文秘す可し。「御講聞書」

秘法とは南無妙法蓮華経是なり秘す可し秘す可し。「御講聞書」

止善男子の止の一字は日蓮門家の大事なり秘す可し秘す可し。「御講聞書」

毎自作是念の念とは一念三千生仏本有の一念なり、秘す可し秘す可し。「十八円満抄」

経釈能く能く料簡して秘す可し。「教行証御書」

是は未だ申さざる法門なり秘す可し秘す可し。「四条金吾殿御返事」

一見の後秘して他見有る可からず口外も詮無し、法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給えばなり、秘す可し秘す可し。「三大秘法禀承事」

日蓮が己心の仏界を此の文に依つて顕はすなり、其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり秘す可し秘す可し。「義浄房御書」