過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

空に森に、精霊にもとどいたろう。 ありがたい一日だった。

「おとうちゃん。たのしかったね。たのしかった。また、来たいよ」
あかりは、なんどもなんども言ってた。
佐久間の城西(しろにし)「いもほり」という山の中の秘密基地であそんだ。
なにもなし。森しかない。遊具があるわけじゃない。
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うめたちあきさんの、透きとおった声が森に空に響き渡る。
それを聞きながら、おしゃべりしたり、みんなで歌ったり、絵を描いたり踊ったり。とにかく、好き勝手にしてた。
竹で炊いたご飯、豚汁をいただいた。
参加したのは、うちのグループともうひとつの家族だった。
適当でゆるい、ゆうゆう自在の感じ。
なんにもない。森と空。ときどき鉄橋の上を飯田線の列車がごとんごとんと響く。
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佐久間という過疎の中のすごい過疎、急激に高齢化で衰亡していく集落。
そんななか、山田えみりさんと山いき隊の20代の女性が二人が企画、主催して、段取りしてくれている。それがすごいこと。奇跡。事件。
そこにこうして、子どもをメインに家族が集う。自然のなかにいれば、それで満ち足りるものだ。融け合っていく、和んでいく。どうこうしようじゃなくて、流れにまかせて、大自然の中に、ただある。それがいい。
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そうそう、ここには「日月神社」があるんだ。鎮守の森。それもひとつのポイントかな。「とほかみえみため」の祝詞を唱えてきた。
うめたちあきさんは、たくさんうたってくれた。唱歌、童謡、何時間も。
遠州に伝わる「刈干歌」(かりぼしうた)「いかのりのうた」(筏乗りが歌う)。透明な響きがひろがる。
山里の麦やそばを干したり、筏(いかだ)で天竜を下ったり、そしたきびしい暮らしの働きのなかで、人々に長い間、歌われ続けてきた歌だ。空に森に、精霊にもとどいたろう。ありがたい一日だった。

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あたりまえなことだけどわかったこと。
たくさん人を集めて、大勢で盛り上がるとか。
しっかりしたハコモノ文化施設があって遊ぶとか、それはもう時代が終わっているのかな、と。
こうして、山の中、なんにもない。たくさん人が集まる必要ない。
しかし、ハートフルな出会いがある。
雲や空や森が一緒にある。歌も精霊たちが聞いてくれるってこと。