過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

裁判の過程で、相手の矛盾がかならず出てくると思うので、そこを衝いていく

昨日は裁判書に出かけた。こちらが原告だ。

ぼくはこれまでの裁判やら調停、仮差押の申請などで5回、裁判に関わっている。出会った裁判官は6人。そのうち女性の裁判官は4人だった。今回の裁判官は、30代の知的で可愛らしい感じの女性。

訴状を書いてからもう半年。口頭弁論は、3回目。裁判は軽く一年や二年はかかる。まあ、じっくり攻めていく。
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といっても、テレドラマのように弁護士とやりあうわけではない。日本の裁判は、書面主義だから、「準備書面」を毎月提出する。書面で反論しあう。

法律に基づいた主張をして、根拠として証拠をあげていく。ディベートとはちがうので、相手を説得したりやり込めるわけではない。

あたりまえだが、裁判というものは、裁判官が判断する。説得相手は、被告ではなくて、裁判官である。

裁判官は、法的構成に無理がないか、証拠がきちんとあるのか、争点はどこか。筋道だって判決を書けるか、というところを見ている。
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勝算があるのかないのか、わからない。いつもそうだが、ぼくは戦いながら学んでいくというスタイルだ。それが事実、真実であっても、証拠をきちんと出せなければ認められないわけだし。

その立証責任はこちらにある。ひとつひとつ調べて証拠を整理するのがすごく手間だ。

まあしかし、裁判の過程で、相手の矛盾がかならず出てくると思うので、そこを衝いていくという戦法でゆくしかない。