過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

石原慎太郎で思い出すこと

石原慎太郎で思い出すこと。
ぼくは12年間のサラリーマン人生をやめて、インドを放浪してたりして、やがて貯金も尽きていた。
さあどうして暮らしていこうか。
ともあれ、フリーランスのライターをやろうとしたのだった。なんの実績もないのに……。
そのとき、新聞の募集広告があった。訪ねたのはA編集プロダクション。語りおろしの仕事だった。いわば、ゴーストライター
美輪明宏石原慎太郎、どっちがいい?」と聞かれた。そのとき美輪さんのほうにしたのだった。
美輪さんのお宅を訪ねて、まるまる2日間の取材は、楽しかった。
このとき、石原慎太郎の仕事をしていたら、またちがう人生だったろうな。
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小谷喜美の「天の音楽」という本に惹かれて麻布にある霊友会の釈迦殿を訪ねたことがある。
信徒がものすごい速さで法華経の訓読をしていた。ちなみに、霊友会のひとつの支部が独立したのが立正佼成会霊友会立正佼成会は、本尊や唱え方など似ている。本尊も南無妙法蓮華経のたすきがけも。
小谷喜美は、いわば法華シャーマンで、通力というか霊能力、人を引きつける力、確信の力があったと思う。
そうして、小谷喜美と石原慎太郎が出会う。対談の本も出している。石原は霊友会を票田の一つとして大切にした。小谷喜美は、「石原慎太郎が、いつか必ず総理になる」と期待したのであった。