過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

おれ、もうだめだよ。歩けなくなってしまった。

電話の声に元気がない。
「池谷さんか。ありがとう。おれ、もうだめだよ。歩けなくなってしまった。もうすぐ死ぬかもしれない。」


ガンにかかった友人だ。手術は避けて自力で治そうとしてきた方だ。友人が世話をしてくれていて、病院に入っていない。
だが、いまはほとんど食欲もなくなった。食事もほとんど喉に通らない。
そして歩けなくなった。
ふと友人のことを思い出して、電話してみたのだった。


田舎暮らしのことで、東京から何度か訪ねてきてくれていた。ギタリストをしていた。


──もう食べられないというのは、体が死への準備が始まったということなんですかね。無理矢理、食べる必要もないのかもしれませんね。
「いつ死んでもいいという気持ちでいるんだけれどね。ところで、池谷さん、断食死のことを言っていたよね。」


──はい。死ぬときは断食死がいいと思っていますよ。ぼくの体験でいうと、断食すると、4日目あたりからとても楽になる。胃が軽くなって、頭もスッキリしてきます。そのまま食べなかったら、安楽に逝けるような気がしたことがありましたよ。そのまま食べないで、断食してこの世とおさらば、というのも選択肢の一つかも。


「もしも元気になったら、池谷さんとこでドラム缶風呂に入りたいよ」


──また、遊びにきてね。いま、露天風呂を充実させて、毎日、二回入っていますよ。冷水浴とあわせて、体の芯から温まって、至福の体験になっています。


「うらやましいなぁ。池谷さんのFacebookはいつも読んでるよ。ぼくのイイネがついていたら、まだ生きている思ってほしい。」


そんな話をしたのだった。
お互い明日のことはわからない。何が起きるかわからない。事故で死ぬかもしれない、病気で倒れるかもしれない。自然災害とか様々な要素が起きるかもしれない。だから、死ぬまで踊るというのか、今この瞬間をちゃんと生きるってことかなあ。