「おお、皆既月食だったぁ」
施設からもう家に帰らなくちゃと、玄関ドアを開けたら、お月さまが見えた。
針金のような月。これから、だんだんと太くなっていく。
施設から家まで歩いて数分だが、あかりは「おんぶしてー」と言ってくる。
「仕方ないなあ、いいよ。どっこいしょ」と背負う。
いつも、お月さまや星を眺めて、おんぶしながら、話をしたり歌ったり、ときに大声で叫んだり。
こういうことは、いましかできないことだからね。
──すごいよ、あかりちゃん。皆既月食なんだよ。おとうちゃんだって、この人生でみたことなかった。これからもうきっとない。
「あかりちゃんは、おとうちゃんよりも、たくさん生きるから、また見られるね」
──そうだね。おとうちゃんは、これが最初で最後だなぁ。
きょうは夕焼けもすばらしかった。