インド哲学では「ヴァーサナー」という捉え方がある。過去世からのもともと持っている自分のクセ。潜在意識の深いところ、生命の傾向性をいう。
人生はつまるところ、自分で選択した結果である。しかし、その選択は、「ヴァーサナー」からきている。自発的に選択したようでいて、過去世からの蓄積で選択させられているわけだ。
そのことを、しかと識別(ヴィヴェーカ)して、いまを生きる。
いま起きている現実を、過去世からのヴァーサナーの結果として捉えて、逃げないで直面していくところに、カルマ・ヨーガがある。
そんな話を妻としていた。
そんなことを横で聞いていたあかりが、「ヴァーサナーってなに?」と。
──それはね、ばあさまみたいなものでね。ばあさまが、あーだこーだとしぶとく指示してくるんだよ。
妻が「それを言うなら、じーさまってのがあるんじゃないの」。
──うん、そういうことだね。ばーさまとじーさまが、それぞれ過去世のカルマから、ぶつかりあって、いがみあって、くたくたになって、それで丸くなる。それが、霊的修行(サーダナ)ってことになるんだよね。
という自分たちの話であるが、心底わかっているわけじゃあなくて。