過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

この制限と自由というところのせめぎあい、緩急なところが


「おとうちゃん、将棋おしえて。もっとほんとうの将棋をやりたい」。
将棋崩しやはさみ将棋じゃ面白くないようだ。おとうちゃんもやっていて、そんなに楽しくないし。

──でもね、あかりちゃん。将棋って、とっても難しいんだよ。途中で難しくていやになって泣き出すかもしれないよね。
「あかりちゃん。絶対にやるんだもん」
そう言い張る。

そういうなら仕方ない。教えるかなあ。
こんな難しいゲームを5歳に教えるなんて、至難なことだけど。
まずは、駒の並べ方からいくか。

──じゃあ、将棋盤持ってきて。違う違う。それは碁盤だよ。将棋盤はこれ。
まずね、これが王様。一番偉いんだよ。これは一番真ん中に置く。はい。ぱちん。
次に金。これは王様の右と左に置く。次に銀。これをまた左と右に置く。それから桂馬、香車。飛車と角。最後に歩をズラっと並べる。

という風に教えていった。駒の持ち方も。

──駒を打つ時は親指と人差し指と中指でこうもって、ぱちんと置く。ぱちん。

あかりは、うまく駒を指で持てない。やっているうちに、並べては崩す。並べては崩す。最後は、怒り出した。駒を投げ捨てて泣き出した。拾ってと言っても拾わない。「お父ちゃんが拾ってよ」という 。

でも捨てたのはあかりちゃんでしょ。あかりちゃんが拾わなければゲームはできないよというところで、膠着してしまった。

やがてしばらく泣き出してから、将棋を放り出して、ホワイトボードに向かって絵と文字を書き出した。描き出していると、自分で物語を紡いだりして盛り上がってきていた。自由な空間に自由に描くというほうが楽しいだろう。

ルールとか型のある世界と、全く自由な空間に描くような世界。その辺のバランスだなあ。

おとうちゃんも、自由にゆうゆうと暮らしたいけど、家庭と仕事という枠と制限があって、あくせく、汲汲として生きている。まったくの自由がいいんだろうけど、そうもいかない。この制限と自由というところのせめぎあい、緩急なところが、人生の醍醐味というか、なんというか。