過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

僧侶はお寺には住まないで、寺とは別のところに居を構えて、お寺に通うのがいい

いまほとんどのお寺は、お坊さんたち家族の暮らしの場、住まいとなっている。住職は子息が継ぐのが当たり前。代々、世襲の構造だ。

そうなると、お寺はその家族の所有物、資産のような感覚となる。
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ひとり娘だと寺の継承が心配。婿がこないで住職が亡くなれば、寺族はそこに住めなくなってしまう。そこで、婿とりが切実な課題となる。そういう背景から、在家から出家し、婿として大寺院の跡取りとなった友人もいる。

また夫である住職が亡くなる。息子たちはまだ幼い、そうなるとたいへん。やはり寺を出なくちゃいけない。それで、奥さんが尼さんとなって、寺を維持したという話も聞いた(これは、ポール牧さんのお母さんのケース)。
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宗教法人は固定資産税もお不施も「非課税」。県民税。市民税も取られない。それは、公益性(みんなの役に立っている)ということが根拠。

もちろん、檀家に支えられているので、檀家のための法要や墓の管理という役目は大きい。しかしそれは、みんなの役に立っているといえるのだろうか。
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本来なら、僧侶はお寺には住まないで、寺とは別のところに居を構えて、お寺に通うのがいいと思う。

友人の僧侶は、そのようにしていた。でないと、みんなのお寺とはなりにくいから、ということであった。

そうして、彼は自殺防止ネットワークということをはじめて、自殺したい人の相談に応じるという仕事をしていたのだった。