過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

99歳のおばさまとの歌

きのう、4か月ぶりに99歳のおばさまが来られた。
耳が遠いので筆談になる。だが、笑顔と笑顔、手を握ってのコミュニケーションでやりとりはできる。無邪気な明るい方で、施設が明るくなる。たのしくなる。
 
耳は遠いが目はいいので、歌詞を拡大して歌をうたうことにした。
「浜千鳥」が好きなので、それを歌う。
その方の歌うペースに合わせて、ギターを伴奏する。そして、利用者の皆さんもそれに和す。
けっこう、みんなで歌える。
 
じゃあ、白秋の「雨がふります、雨がふる」はどうかな。これも歌えた。じゃあ「花嫁人形」。これも歌えた。
じゃあこれはどうかな。
 
「青葉繁れる桜井の……」(桜井の訣別、大楠公の歌:落合直文作詞)。6番まである。
すごい、ちゃんとみんな歌える。歌詞を覚えている。
この年代の方々は、尋常小学校の頃に、この歌をたくさんたくさん歌わされて、身に入っている。
 
こういう歌だ。
鎌倉幕府を倒さんとする後醍醐天皇の挙兵によって、楠木正成(くすのきまさしげ)は、獅子奮迅の戦いをみせる。
しかし、負け戦となり。まさに、死を覚悟しての出陣である。正成は息子の正行(まさつら)を呼ぶ。
 
「父は討死覚悟で出陣する。おまえは故郷へ帰れ。老いた母のもとに帰れ」と諭す。
正行は「父上とともに、死出の旅の供をいたします」と健気である。
正成は言う。「おまえは、はやく立派に成長し、国のために天皇のために仕えよ」と諭す。
そして、父子は泣く泣く別れゆく。
富国強兵、軍国主義を支えた歌のひとつである。
 
青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
木の下陰に駒とめて
世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上に
散るは涙かはた露か
 
正成涙を打ち払い
我子正行呼び寄せて
父は兵庫へ赴かん
彼方の浦にて討死せん
いましはここまで来)れども
とくとく帰れ故郷へ
 
父上いかにのたもうも
見捨てまつりてわれ一人
いかで帰らん帰られん
この正行は年こそは
未)だ若けれ諸共に
御供仕えん死出の旅
 
いましをここより帰さんは
わが私の為ならず
己れ討死為さんには
世は尊氏の儘ならん
早く生い立ち大君に
仕えまつれよ国の為め
 
この一刀は往し年
君の賜いし物なるぞ
この世の別れの形見にと
いましにこれを贈りてん
行けよ正行故郷へ
老いたる母の待ちまさん
 
共に見送り見返りて
別れを惜む折りからに
復も降り来る五月雨の
空に聞こゆる時鳥
誰れか哀と聞かざらん
あわれ血に泣くその声を