過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「棺桶」で「龕」(がん)とよぶ

本堂には、漆で塗られた神輿(みこし)のようなものがあった。屋根の上には、金の鳳凰がついていた。
「これはいったい何ですか」と聞くと。
「棺桶」だという。
「龕」(がん)とよぶのだそうな。
------------------
かつての棺桶は寝棺でなく、座棺だった。
集落の土葬の場まで、みんなで「龕」を担いで、野辺送りしたという。
かつての春野町の野辺送りの様子の写真も展示してあった。
旗を掲げ、ジャラーン、ボーンという鳴り物の響きとともに、野辺まで集落の人たちが歩いたようだ。
利用者さんの送りのついでに、寺の前を通りかかったので寄ってみたのだった。
いきなりの訪問だが、奥様が本堂に通してくれた。静寂で広大な本堂、生け花も清々しい。
---------------------
野辺送りは、風情があったろうな。
「ごんぎつね」で、彼岸花の咲く野原を野辺送りする風景。
室生犀星の詩を思い出した。
犀星は、わが子を亡くした。しかし、当時の風習では、父親は野辺送りには同行できなかった。つらかったろう。その詩である。
「靴下」
毛糸にて編める靴下をもはかせ
好めるおもちやをも入れ
あみがさ、わらぢのたぐひをもをさめ
石をもてひつぎを打ち
かくて野に出でゆかしめぬ。
おのれ父たるゆえに
野辺の送りをすべきものにあらずと
われひとり留まり
庭などをながめあるほどに
耐へがたくなり
煙草を噛みしめて泣きけり。
(「忘春詩集」)
------------------
いまのコロナ時代、もしもコロナ由来の死だとしたら、遺族も葬祭業者も僧侶も恐れる感染。ただちに密封袋に詰め込まれて、迅速に焼却されるか、土に埋められるのかもしれない。ひっそりと隠れるように、忌まわしいものとされるであろう。悠長な葬儀などできやしない。
ということで、説教臭い言葉で締めくくりとなるが。
「生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人」(生死事大、光陰惜しむべし、無常迅速、時は人を待たず)
「昨日までは人の事と思いしに、俺が死ぬとはこいつは堪たまらん」(蜀山人

f:id:ichirindo:20200416212707j:plain

f:id:ichirindo:20200416212711j:plain

f:id:ichirindo:20200416212719j:plain