過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

最重要仏教書として『大乗起信論』

大乗仏教の根本思想を簡潔明瞭に語る、最重要仏教書として『大乗起信論』がある。

古代インドの著名な仏教哲学者、馬鳴(アシヴァゴーシャ)がサンスクリット語で書き、真諦パラマールタ)が翻訳した。
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最重要仏教書として、日本においても多大な影響を与えた。最澄空海源信法然親鸞明恵たちは、これを基礎に考察を重ねた。

しかし、これは偽書である。すなわち、馬鳴(アシヴァゴーシャ)に仮託して中国で作られたもの(そういう処が多いので仏教はややこしい)。

ともあれ、誰が書こうが明瞭、簡潔な、仏教入門書としても最適な書と思う。
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ブッダの教えの中核は、この世に実在するものはない。すべてが仮に和合したもので、無常、無我と説く。永遠なる実在、究極の実態はないとするのが原始仏教だ。

ところが大乗仏教になると、これが大きま変わる。究極の実在が現れる。真如、仏性、如来像、阿頼耶識などという概念が現れる。そして、久遠仏、摩訶毘盧遮那仏大日如来など究極の実在が現れる。

そういう考えを説いているのが、『大乗起信論』と。
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この世のすべての存在は「真如」である。この世のあらゆる存在が、真如と呼ばれる超越的実在の現れ。その本質に気づかないことが迷いであり、本質を見抜くことのできる者こそ究極の安楽を見いだす。

こうなると、ヒンドゥーの哲学、梵我一如、宇宙即我とほとんど同じである。
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いわば真如とは「宇宙の背後にある超越的な究極的実在」。そこに触れることこそが、仏教の本質と。

そして、自分自身の本質こそが、まさにそれである。そこに気づくことが仏教であるというのが、日本仏教のある意味では本質。

ブッダの考えとは真っ向から反対のありようなのだが。まあいろんな入口があっていい。登攀してみれば、山頂からの景色は皆同じと。
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参考:昭和史講義(筒井清忠編)ちくま新書
第3講 鈴木大拙―禅を世界に広めた国際人 佐々木閑