過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

靖国と鎮魂 ①

「陛下は靖国を潰そうとしている」と靖国神社宮司が語ったとして物議を醸している。そこで、靖国神社についてまとめてみた。

◉戦死者はすなわち命(みこと)であり神となる

これまで靖国神社を参拝したことは、幾度かある。伊勢神宮のように静寂感のある場所とは感じられない。隣接されているいわば戦争博物館遊就館」にも寄り、半日かけて見て回る。

巡回コースの最後の部屋にくると、戦死者の御影(みえい)が飾られてある。。白無垢の花嫁人形などがずらりと置かれてあった。かれら若者たちが、どんな気持ちで出征し、亡くなったかと思うと、どうにもやるせなくなる。

御影の下には、みな「◯◯命(みこと)」と書かれてある。かれら戦死者は、命(みこと)、すなわち神、英霊であるということだ。

◉三十三年間の鎮魂期間を経ずに即神となる

かれら戦死者は、戦死した瞬間に英霊=神となるのである。神として英霊として靖国神社に祀られる。英霊たちは、集合霊、祖霊、大和魂として、国を護ってゆく。これが、明治に作られたいわば新興宗教としての「国家神道」の理論だ。

もともとの神道では、三十三年間の鎮魂期間を経なければカミにはならない。死んだばかりの人間は「荒御霊」(あらみたま)であり、たましいは鎮まってはいない。三十三年間、あるいは五十年の鎮魂期間があってようやく「和御霊」(にぎみたま)となる。やがて、祖霊となって集合霊となって子孫たちを護る。ムラを守る、祖国を守るということにな。

その意味からすると靖国神社の祭り方は、従来の神道の考えとは違和感がある。

天皇を現人神とする天皇教ともいうべき国家神道

明治新政府は、西洋列強に伍すために、絶対主義国家をつくらなくてはならない。そのために、天皇を現人神とする天皇教ともいうべき国家神道をつくりあげた。

お国のために亡くなったのに、「荒御霊」(あらみたま)のままでは具合が悪い。戦死した瞬間に、神となるという教義にすればよい。神になるのだから、遺族もよろこび安心する。そうして、みんな喜んで戦地に赴いてくれるだろうという思惑がなかっただろうか。

また、維新の戦いにおいて亡くなった志士たち、官軍の兵士たちの扱いをどうしようかという背景もあった。そこで靖国神社を作って、かれらを英霊とした。西南戦争として国に刃向かった西郷隆盛会津の兵士たちは祀られていない。そして、空襲などで亡くなった民間人も祀られていない。

◉本来は、天皇が祭事を行うというもの

まあ、天皇はほんらいは日本国の大神主という意味あいがあると思う。肉体は人間であるが、いわば代々の天皇霊ともいうべきのを受け継いている器と考えられる。それが行われる儀式が大嘗祭(だいじょうさい)である。

靖国神社は、天皇のために亡くなった人たちの魂がおわすのだから、天皇が祭主となって、さまざまな儀式がいとなまれるべきである。天皇が大神主として参拝されたほうがいい。そういう考えがあるのだと思う。

しかるに、昭和天皇A級戦犯の合祀以来、参拝されなくなった。平成天皇も参拝されていない。このままでは、天皇が参拝されない神社ということになってしまう。それでは、靖国神社の意義がない。そういう考えがあるだと思う。

※この投稿は、天皇が参拝すべきであるということ主張しているのではない。問題を整理するために、書いているに過ぎない。