学生時代に、よく遊びに行ってはいろいろ教えてもらった榎本出雲さんというおじいさんがいた。4畳半の安アパートに暮らしていた。
東京帝大を出て、大新聞の記者をして、組合運動して辞めて、いちどはルンペンまで落ちたという人だ。日本語の起源はオリエントにあるとして、万葉語とペルシア語と対比させながら、解き明かしていた。
その榎本さんがよく言っていたことを、思い出した。
───「正しい、正しくない」で、世の中は動いてない。そんなもので人は動かないんだよ。「好きか嫌いか」なんだ。いいヤツだと思わればうまくいくし、嫌なやつだと思われたら、うまくいかないんだよ。
───それと、日本人の生き方は、「長いものには巻かれろ」なんだよ。この二つは覚えておくといいよ。
ぼくは青臭い学生だったので、正しいとか真実はどうのとか、まことに生硬な理屈を振り回していた。それに対して「世の中」そんなことでは動いていないよ、と言いたかったんだと思う。