過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

アートとして祈りの響きを味わう

企画書を練り上げているところ。難しいかなあ……。行政への提案だからね。宗教性が強いと、懸念されるし。

〈テーマ〉は、祈りの響き、それはアートである。仏教や神道の響き、その音楽性、躍動性を味わい、自らも体験してみよう。

〈背景〉日々の暮らしの中に湧き起こる祈りがある。舞や歌がある。それらが昇華されて、宗教的なものに結実していく。やがて、芸術的な領域まで高められていく。

たとえば、神仏に五穀豊穣をねがう田楽の舞から、芸術的な能に発展していったように。あるいは、西洋におけるキリスト教と絵画や音楽の関係にもうかがえる。

日本にあっては、古来の神道や仏教が、暮らしや習俗、生き方のひとつのベースになってきた。
それら神道や仏教には、日々の勤めとして、読経や祝詞の奏上がある。その響きは、美しく荘厳、清明と清澄。鎮魂の静寂さがある。ときに昂揚感をともない、生命の活性につながる。

それらは、ほんらいは神や仏に奏上し、読誦されるべきもので、芸能のように人前で披露するものではないと思う。しかし、いわば日本心の心を培ってきた遺産ともいえるもので、これらの響きを、もっと味わっていく、体験していくことが、たいせつと考えた。

〈企画〉神道や仏教の祈りの響きを味わい、さらには探求していく場を持ちたい。

受け身で鑑賞するだけではない。参加者も自らが実践してみる。唱えてみる。心身に味わう。自らの五感で祈りを体感する。そういう場をつくりたい。

声を出していくことは、深い呼吸法にもつながる。リラクセーションにもなりうる。しかもその内容は、この世の苦からの解放を説いているものであり、生き方の糧にもつながる。

ところが、いざ実践しようとすると、これが難しい。まず教えてくれる先生がいない。宗教的な枠や足かせがありそう。宗教や宗派によって膨大なお経などがあり、しかも難解。なかなか敷居が高い。

そこで、もっと直截に、ダイレクトに、わかりやすく、祈りの響きそのものを味わってみる。理屈や解釈を超えて、声の響きに身をまかす。いわばアートとしての祈りの響きを味わってみる。そういう場をつくろうと考えた。

〈事業内容〉
講座とワークショップの開催

世界の宗教としての、ヒンドゥーイスラムキリスト教、仏教、神道などの祈りの響きを音と映像で紹介し、その意味や文化的な背景を説明する。

お経(般若心経、観音経、本覚讃、嘆仏偈、舎利礼文など)や祝詞(禊祓、大祓)、和讃(坐禅和讃など)や真言や陀羅尼(光明真言、不動真言、大悲心陀羅尼、息災延命呪)などを、自ら声に出し、唱和して、体験してみる。

開催数:講座とワークショップで5回程度

参加費:無料。資料代として千円程度。

実施時期:2018年9月。

場所:クリエート浜松の和室。あるいは鴨江アートセンターか、あいホール。

対象者:一般市民、だれでも。年代を超えて参加が可能。
募集方法:A3サイズ(A4の4ページ)フルカラーのパンフレットを1万枚配布。

公民館、図書館、市民の寄り合いの場などに配布。ホームページ、FacebookなどのSNSメーリングリストで告知。静岡新聞中日新聞などでマスコミにも告知してもらう。