過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

桃をいただいた

ずっしりと重たい箱が届いた。あけると桃だ。桃は、姿かたちがすてき。香りがいい。この夏場はひんやり冷えた桃がとくにおいしい。桃は生命力の象徴。邪気を払う力もあると古来から重宝されてきた。

あかりにと、井元さんからいただいたのだ。かれは奈良の五條市で広大な山野で桃や柿を栽培している。伊勢街道沿いに店があり、直売もしている。

井元さんは、大学時代の数少ない友人の一人。ぼくは法学部が就職に有利だとかいうような理由で、早稲田に通ったものの法律に興味がわかず。ほとんどまったく授業に出なかった。なので大学時代の友人が少ない。

井元さんとは、憲法の浦田賢治先生のゼミの合宿で出会った。その時、たまたま同室だったということが縁だ。内容が高度できびしいことで有名なこのゼミには、ふたりとも脱落したけど。

井元さんとは、その時、ほんのすこし語り合っただけのことで、以来、年賀状のやりとりのみ。ぼくは返事をあまり出さないので、そのままフェイドアウトしてしまうところだった。奥様がきちんとフォローしてくれていた。

7年前、都会を離れてこの山里暮らしをするようになった。広大な農地があるので、すこし農業を始めてみようかと電話したのが再会のきっかけ。吉野の金峯山寺の本作りなどの仕事で、奈良を訪れる機会もあり、そのたびに訪問したのだった。

果樹栽培を起こしている事業家の話は迫力がある。サラリーマンとちがって、天候不順やら人の手配やら販路の拡大など、いろいろなリスクを背負っての仕事だからね。

学生時代、もっと友人を作っておけばよかったなあ、卒業しても大切にやりとりしていけばよかったかなあ、と後悔する。が、こうしてひとりふたりと、末永く続く友人がいる。ともによろこび、ともに悩んでくれる友がいるってのは、歳を重ねるほどに、宝だと思う。