過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

怒りのシーソーゲーム

理不尽なことをされると不愉快がきわまって人は怒る。たまっていた怒りを相手にぶつける。そんなときは、被害者意識をテコにして、怒りをぶつけて攻め込む。

怒るときは、勢いがある。怒りのエネルギーがさらにまた怒りを呼びこんでいく。ますます燃え盛る。

相手は、悪かったかなあという思いがあって、退く。謝る。しかし、あまりに怒りをぶつけられすぎると、こんどは逆襲する。「謝っているのに、なんでそこまで言われなくちゃいかんのだ。もう頭にきた」と。

最初に怒った本人は、言い過ぎたかなあという思いもあって、こんどは退く。しかし、これまた相手の怒りの度が過ぎると、「そんなこと言われるなんて、もう頭にきた」と、逆襲する。

そんなことを、えんえんと繰り返すことがある。怒りのシーソーゲームみたいなものだ。

こまばアゴラ劇場で観た平田オリザ演出の芝居には、そういう場面がよくあった。芝居がかったセリフではなく日常的な話し言葉で、猛烈なスピードで怒りをぶつけあっていて、おもしろかった。

怒りというのは、ひとつはゲームみたいなもので、相手がゲームに参加しなければ、それでおしまいになることがある。

相手が、参加すると、えんえんと怒りのカードを切り続けることがある。そして、互いに疲れはててしまう。

「怒り」について、しばらく観察していこうと思う。