過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「法名戒名大字典」のはなし

戒名こぼれ話。「法名戒名大字典」。K出版社のS社長は就業時間が終わると、一升瓶をもってきてコップに冷酒で飲む。社員もお客さんも加わって、毎日の飲み会、談笑会となる。そこでいろいろな企画が浮かんでは、結構ベストセラーをつくりだしたりする。

当時のK出版社は、編集室のど真ん中に、石炭のだるまストーブがどーんと置いてあった。社長は、ストーブのそばに椅子を置いて、つまみのスルメを焼いていた。そんなある日の夕方、僧侶で仏教学者のK師がやってきた。社長は、「先生、まあいっぱいどうですか」と冷酒をだす。

「いやあ、坊さんはもうかっていいですなぁ。お経をよむだけでたくさんお布施が入るし」。社長はズケズケ言う。「そういっても、坊さんもたいへんなんですよ」とK師。

「ほぅ、なにがたいへんですか」と社長。「たとえば、葬式のときに戒名をつけるでしょう。あれを考えるのは一苦労ですわ」とK師。「ほぅ、では戒名をつけるときに、便利な手引きがあるといいですな」。「そぅそう、そんなのがあれば、坊さんはみんな買いますよ」。

「なるほど。ではそれを作りましょう。先生、ひとつお願いできますか」。ということで、できたのが「法名戒名大字典」であった。K師の力作だ。

これがよく売れた。売れた。お坊さんは戒名をつけるときに、こうした「法名戒名大字典」のようなものを参考にするようになった。そして、後には、戒名をかんたんにつけられるソフトもずいぶんと売れているのだ。

こうして、本はたくさん売れて池袋のサンシャインのそばのビルを買おうかということにもなった。

しかし、社長はもとよりバクチ好き(語弊があるが)。出版業はいわばバクチみたいなもの。売れるか売れないのか、わからない。絶対に売れると思っていたものが、売れない、ええ?こんなものがというのが、売れる。まったく水モノなのだ。そこが出版のおもしろいところ。

で、社長はビルを買わずに、べつのものを買った。なんと競走馬、10頭。競走馬のオーナーになったのだった。戒名の事典の利益が競走馬になったわけだ。これ、じかに社長から聞いた話である。