過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

ぼくは帝国軍人だから、マイクは使わないよ

「ぼくは帝国軍人だから、マイクは使わないよ」。マイクが向けられると、スックと立ち上がって、大きなよく通る声で話をされた。いきなり時代錯誤の「帝国陸軍」という言葉に驚いた。宮様は戦争中には、支那派遣軍にいて、陸軍少佐として大本営参謀をされていたという。

友人が理事長をしていたコミュニティカレッジの記念パーティに、三笠宮が臨席された。そのときのことだ。

パーティでは、上原まりさんによる平家琵琶の演奏があった。平家物語の冒頭から、壇ノ浦と続いた。ときに幽玄、ときに激しい心臓の鼓動を感じさせる琵琶の響きであった。

スピーチは、上原ゆかりさんが宝塚出身なので、大の宝塚ファンであって宝塚の思い出、宮中の正月の料理のことなど、気さくな語りであった。

宮様はそのカレッジの顧問であった。その経緯は、こういうことだ。かつて宮様は東京女子大古代オリエント学の講義をしており、電車に乗って通勤されていた。吊革につかまって立っていた宮様を見つけた理事長が、直接、講演をお願いしたのだった。

宮様は突然の申し出に、ええ? ときょとんとしたが、その方の勢いにも押され、そのまま承諾したのだった。そして、やがて顧問に就任。

女性ゆえの行動力というか、宮様にいきなり講演をお願いしてしまうという俊敏さと度胸。なんのためらいもなく、そのまま顧問を受けてしまったという宮様が、微笑ましい。

ところで、上原さんに琵琶を見せていただいた。お母様から引き継いだもので、とても古いものだった。バチのあたるところが、深くえぐれていた。三笠宮が逝去。100歳。昭和天皇の弟にあたる。