あさ、お経をよむのは、なかなか気持ちがいい。正座して腰を立てて背筋を伸ばして、合掌してとなえる。声を出す、というところがポイントだ。
そのまま呼吸法にもなる。となえていると、自然とふかく息を吐くことになる。体内に新鮮な酸素がおくられる。丹田に力が入る。気が満ちてくる。声を出すことで、雑念はいつしか消えていく。となえ続けていくと、自然と瞑想になる。気が充実してくる。
お経よりも、おんなじ言葉を唱え続けるお題目や念仏、真言のほうが、ふかく入りやすい。日蓮宗はお題目、浄土宗や浄土真宗は念仏、真言宗は真言ということになるのだが、ぼくにとってこだわりはない。いつしか一時間くらいとなえている。
木魚や木鉦(もくしょう)を叩く。リズムを刻むと、ここちよい。叩くとき工夫している。たとえば念仏。頭にリズムを打たない。「なー〈む〉・あー〈み〉・だー〈ぶ〉」とバックビート(アフービート、裏打ち)がいい。お題目も、そうだ。おなじように頭にリズムを打たない。「なむ〈みょう〉ーほー〈れん〉げー〈きょう〉」あるいは、「なむ〈みょう〉ーほー〈れん〉〈げー〉〈きょう〉」となる。
宗門の正式な唱え方とは、ちがうと思うけど。ぼくなりに心地よくとなえられる工夫をしている。まあ、リズムを打たなくても、しんしんと深く入っていける境地がいいんだけど。──となふれば 仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏 なむあみだ仏──遊行上人、一遍の歌だ。