過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「いまをフルに生きる」スマナサーラ長老

月一に上京して、スマナサーラ長老の講座の司会を務めて、それをもとに原稿にしている。すこしずつアップしていきます。以下、「いまをフルに生きる」というお話。

備えあれば憂いなし、ということわざがあります。わたしたちは、将来のために準備しておこう、備えておこうとします。しかし、明日どうなるかわからない、 将来のことはどうなるのかわからないんです。だから、いくら準備してもムダなんですね。備えなどなくても、人生はその都度、その都度、なんとかなるものなんです。

山登りに行って、滑って足が折れたとしましょう。歩いては下りられない。でも、そのとき、そのときで、なんとかなるんです。木の枝で足を支えたり、おしりでも使ってなんとか下りてくるんです。

私たちはいつもなにか予行演習ばかりしています。いったい、いつ生きるのか、と聞きたくなります。退職したらああする、こうする。これがおわったら、こう するああする。しかし、そんなふうに生きていると、仕事が終わるまで我慢して、苦しんでやるハメになります。もったいないことです。

なぜ、いまの仕事を楽しもうとしないんでしょうか。計画を目論んでいて、それができなかったら、どうなるんでしょうか。さきのことをあれこれと考えるよりも、今の仕事をいま生きるということを、さっさとはじめたほうがいいんです。

いまをしっかりと生きる、いまをフルに生きるということです。わたしはいまこうして話しているんですけど、いま話していることを楽しんでいます。帰ったらどうようかとか、そんな思いは割り込んでこないんですね。

いまここの環境にいる人と、しっかりとコミュニケーションをとる。いまイヌ一匹しかいなかったら、そちらとコミュニケーションをとる。わたしは事務所に一人でいましたが、ネコがきたらネコと喋っているんです。

外に出たら雨が降っている。傘がなかったとしたら、そのときに考えればいい。雨が上がるまで喫茶店で待つ。いいや、雨に濡れてやるぞ。そうすると、雨に濡れることも楽しくなってくるんです。

あるとき、いきなり大雪が降ってきたんです。どうしようと思いましたが、ひとつこの雪を楽しもうといって、雪の中を歩きました。足がすべるので、一歩一 歩、滑らないように踏みしめて歩きます。それが楽しいんですね。玄関に着くと、そこに雪が落ちて濡れてしまいました。それも楽しい。

ああいやだ、と思ってしまうと、とてももったいないことです。どんなときにも、どんな環境にあっても、いまを楽しむことができるのです。その都度、その都度、そこに宿題があるんですね。宿題はやることがおもしろいんですね。

1時間に1本しか電車がない。いそいで駅に行ったら、1分前に行ってしまった。ああ、と落ち込んだら損でしょう。電車が来るまで待つ時間を、十分に楽しめばいいでしょう。それが宿題です。

いまをフルに生きるんです。人生の問題というのは、いわば「宿題」なんです。どうすればいうまくいくのかという問題は、いつでもあるでしょう。いつでもなにか宿題があるんです。宿題なくして人生は成り立たないんです。

いま思う存分、生きてください。将来のためではなくて、いまを生きることです。将来のために準備ばかりしていたら、いまを生きることなく死んでしまうんで す。そのときそのときのいのちを、よろこぶ。その日、その日をフルで生きる。やり残したことはない。きょう一日、よくやったということで眠ることができたら最高です。