過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

竹細工の梅沢さんが山奥からきてくださった

きょうは、竹細工の梅沢さんたちがきてくれた。そのお弟子さんが、可愛いママさんの中林さん。お子さんを連れて、毎週、梅沢さんの住む山奥の集落まで習いに行っている▲梅沢さんは、近頃であった方のなかでも、とりわけ感銘した方だ。いま82歳。その人柄がとてもいい、生き方がすばらしい。

10代の頃、崖から落ちて右足と右目を失った。奥深い山奥のこと、戸板で遠くの医者まで運ばれ、麻酔もないまま切断手術。もはやその体では、移動もできず仕事もない。ということで、家でできる仕事を工夫した。教えてくれる人もいないなか、竹籠を取り寄せて、三日三晩観察して、独学で竹細工をはじめた▲梅沢さんのつくる竹細工は、堅牢で美しい、使い込むほどに味わいが出る。静岡県内でも竹細工職人は、数人しかないという。

今回、企画した「北遠山里めぐり」でも、梅沢さんは人気だった。数世帯という限界集落で、めったに人が訪れることのない土地、たいへんに危険な山道(ガードレールもなく、下は崖。すれ違いができない)ながらも、35名ほどの方が梅沢さんの工房を訪れた。それらがきっかけで、新聞やテレビも取材。また、二俣のギャラリーでも個展を開くことになった▲これまでは、辺鄙な山奥のことでもあり、せっかく作った竹細工も、そんなに売れることはない。しかし、街中で若い人達に触れると、飛ぶように売れた▲はるばる遠方から、梅沢さんに会いに訪ねてきてくれた人もいた。80年生きてきて、こんなにすばらしいことはないと感激してくださった。

こうして、伝統のワザを継承している職人さんが、この山奥にはおられる。手漉きの和紙、鍛冶、木工など。そのほとんどは80歳を超えていて、後継者もいない▲こうしたワザは、途絶えたらもはや継承は不可能だ。だから、ぼくの役目としては、こうした方がお元気なうちに、その生き方とワザをみなさんに知ってもらう企画をすることだと思う。習いたい・伝えたいという若い人が現れるに違いない。