過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

崖から落ちて亡くなったところを

その方は、90歳近くだが、いたって元気な方で、ここいらの山里の実力者で大地主ということだった。仏教に関心があるようで、死んだらどうなるのか、死んだあとの供養のことなど、いろいろと聞かれた。初対面であったが、いろいろなお話をさせてもらった。

話が一段落ついたとき、これから山に仕事に出かける、と言っていた。それが最期の別れだった。3年前の今朝、崖から落ちて亡くなったところを発見された。普段、仏教や死のことなど、話題にする人ではなかったと言う。

死んでも、魂みたいなものはあるんじゃなかろうか、死んでも自分は、無にはならない。自分はちゃんといるし、生前の性格や個性があるのでは。たんに坊さんをよんでお経をあげてもらっても、供養にはならない。遺族が個人を偲ぶことも、その思いが供養になるんだろうなあ。それが、そのときの話であった。