過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

バラナシ──生と死が渾然一体の(1)

バラナシ(ベナレス)は、古来からヒンドゥー教の聖地である。その歴史は古く3000年以上もある。菩提樹の下で悟りを開いたブッダも、まずこの地を訪れている。

町の中心はガンガー(ガンジス河)だ。この河で沐浴すると罪が清められるとして、年間、何百万人もの観光客や巡礼者が訪れる。

ガンガーのほとりには火葬場があり、終日、遺体が焼かれ、煙が絶えることはない。遺灰がガンガーに流されると、来世は天界に行けると信じられている。

死期が近いとわかった人々は、ここで終焉をむかえるために遠くからやってくる。河のほとりに家を借り、家族や召使をともない、悠然と死を待つ金持ちもいる。

多くの貧しい者は徒歩でやってくる。たとい野垂れ死んでもちゃんと火葬されるよう、着物に槇代のお金を縫いつけている。

火葬場の隣には、死を待つ人の家(ムクティ・バワン)がある。ほとんどが身寄りのない年寄りが暮らしている。かれらはガンガーに向かって祈りを捧げ、死がくるのをひたすら待っているのだ。

河のほとりは、さまざまな人でごったがえしている。呪文のことばを授けるバラモン、サドゥ(遊行者)、巡礼者、観光客、乞食、灯明や花を売る人、洗濯している人、チャーイ屋、笛売り屋、マッサージ屋、客引きなど。

ここは「生と死」「聖と俗」が区分けされることなく、混然一体となって躍動しているように思えた。