過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

2009-07-01から1ヶ月間の記事一覧

インドの遊行者たち(1)──人生の最晩年に

いまやインドはIT大国となり、毎年6%もの急速な経済成長という。人びとの生活も豊かになった。だが、そうはいっても、やはりインドである。いまでも遊行する人たちがいる。なに不自由のない暮らしをしていても、晩年になってすべてを捨てて、遊行者となっ…

インドのハンセン病

インドではハンセン病患者が四百万人いるとされている。ハンセン病は遺伝する不治の病だとか、悪徳の報いとみるような迷信も残っている。インドを旅していると、ハンセン病にかかった乞食をよく目の当たりにする。彼らが生活するためには、乞食をするしかな…

おもしろうてやがて哀しきコブラかな

四月の半ば、西インドの砂漠地方、プシュカールという町を旅していた。気温は五十度近くにもなって、日中はほとんど歩けない。車に乗っていて窓を開けると、巨大なドライヤーで熱風を吹きつけられるかのようだ。そんな町の昼下がり。筵に座ったコブラ使いが…

海辺でみた人とブタとの循環

日が昇る前に起きて浜辺に出る。ざざざーっと波が打ち寄せる。暗いが波の白さはよく見える。潮風に吹かれて、夜明け前のなんとも瞑想的な時を味わっていた。昨日、喧噪のカルカッタを逃れて、列車で10時間ほどかけてプーリーにやって来た。ここは漁師町で、…

ブッダはなにを伝えたのか(1)──まのあたりに体得される安らぎ

ブッダは、いったいなにを伝えたのか。解脱? 涅槃? 無我? 現世利益?うむ。なかなかよくわからない。なにしろ二千五百年も前のインドの方だし、お会いしたこともない。なにしろ経典の数でも八万法蔵あると言われている。仏教には、深い哲学な難解な理論、…

ブッダはなにを伝えたのか(2)──シャーンティという響き

ブッダの説いたのは「やすらぎ」であると書いた。この「やすらぎ」は、サンスクリット語(古代インドのことば)では、〈shanti〉(シャーンティ)という。現代のインドでも、祈りのことばによく使われている。〈シャーンティ〉という響きは、穏やかでやさし…

浄土教の祖師たちの遺言

浄土教の祖師たちの遺言を調べてみた。法然は80歳で亡くなった。亡くなるときに、高弟のひとりが尋ねる。「昔から先徳といわれる方には、みな遺跡がございます。上人は寺院をお立てになられませんでしたが、ご入滅の後は、 どこをご遺跡といたしましょうか」…

おびただしい虫たち(2)──カマキリがあぁぁぁ。

サラリーマンの頃は、夜は11時まで、土日も出勤。「人の倍も仕事しているんだ」と張りきっていたこともあった。気負いすぎてカリカリしていた。いま思うと、「なんだあいつ」「なにあの人」ってみられていたんじゃなかろうか。ストレスのたまる日々だった。…

おびただしい虫たち(1)──トタン屋根に雨が降るごとくに

梅雨どきになると、猫にノミが発生する。毎日、ノミ取り櫛というので取る。ひとたび梳かすと数匹が挟まって取れる。水に沈めると、すこしもがいてすぐに動かなくなる。きのうは50匹、きょうは80匹。だが、取っても取ってもノミは出てくる、出てくる。なかに…